10月末から11月初めにかけて、横浜でスマートシティ・ウィークが開催された。主催者によれば、40カ国から2万2,000人強が参加しての盛大な催しとなったようだ。2030年までの市場ポテンシャルが累計4,000兆円との話もある。こうしたスマートシティの動きが、都市ないし人間社会におけるネットワーク化の進展と呼ぶことにさほど違和感は無かろうと思う。
例えば、スマートシティ実証実験現場の一つ北九州市東田地区では、今年4月から地域エネルギー・マネジメントシステムを稼動させており、この夏の3ヶ月間、230世帯を対象にピーク電力予測に応じて料金を変動させるダイナミックプライシングの実験を行った。夏場のピークとなる午後1時~5時の電気料金を、平常時の15円/kWhのみでなく、電力需給ひっ迫度に応じて最高150円/kWhまでの5段階設定としたもので、実際に気温の上がった7月6日のピーク時には、ダイナミックプライシング導入世帯では、非導入世帯に対してピーク時の電力消費量の増加量が1/4程に抑制されるという効果が確認された。東田地区では「地域節電所」において、世帯毎の需用を把握し、需給の最適化を図るという(注1)。地域における個々の需要家庭と地域節電所および発電所(電力供給者)とが電気料金情報を介して電力需給を調整するというネットワークができている訳だ。
スマートシティは社会における、いわばマクロのネットワークであるが、一方で、例えば、人の体の中では、分子、細胞、臓器などミクロレベルで、はるかに精緻・複雑なネットワークが構成されている。
マクロファージやB細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞などから構成される免疫システムは、一つのネットワーク系としてわかりやすい例であろう。専門外なので詳細には立ち入れないが、免疫システムは細菌など攻撃対象の体内への侵入に対応して、捕食・分解、対象の特定、攻撃戦力の増強、後掃除などのアクションを相互に情報を交換しながら行っている。免疫以外でも、医学や生命科学分野でオルガネラネットワーク(注2)、代謝ネットワーク、ネットワーク・メディシンなどと呼ばれるような生命体内部の細胞・臓器などの相互関連性についての研究が行われている。
もう一つ、原生生物である粘菌によるネットワークを紹介したい。例えば迷路の中に入れられた粘菌は、最初は迷路全体に広がるが、複数個所に餌を置くと、餌がない部分の体を衰退させ、餌を最適な経路で繋ぐ管を形成するようになる、という。この管網形成の仕組みについては、輸送ネットワーク形成のモデルとして、多様な条件下での粘菌ネットワークを再現するようなアルゴリズムの研究・シミュレーション実験が行われている(注3)。脳も神経も無い粘菌が何故最適ネットワークを実現できるのか、ということであるが、「自律分散システム」がキーワードとなる。
計測自動制御学会の自動分散システム部会は、このシステムを、「制御や情報の中心が存在する集中システムと 異なり,生物からなる生物社会・細胞からなる生体のように,自律的に稼動するサブシステムの集まりが全体として機能するシステム」であり、「単純な機能の集まりで複雑な機能が達成できる、サブシステムの追加や故障に頑健であるなどの特長を持ち、設計・制御・分析などの分野での応用が期待」されていると説明している。上述、免疫システムもそうだが、インターネットもこの範疇に入るもので、産業分野でも最規模化する情報ネットワークへの適用が進められている。
こうした、生物によるネットワーク形成を見たうえで、冒頭のネットワークとしてのスマートシティに戻れば、これも人という生物が作るものであるという点で、「必然の流れ」であるように思える。そして、生物体内部のネットワーク系は、生物の淘汰と進化の過程で数十万年から数百万年、あるいはそれ以上の時間をかけてできあがってきたものだが、人の社会の変化ははるかに速い。中でも、ICT分野の進化はドッグイヤーという言葉に象徴されるように、特別に速い。個人個人の社会認識や考え方はなかなか変わらないため、時に「必然の流れ」に抗うことになるのだが、10年、20年という単位で見れば、世代の交代とともに着実に社会のネットワークが進化していく事は間違いないだろう。
コラム執筆:猪本 有紀/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
注1)http://jscp.nepc.or.jp/article/jscp/20120813/319522/ 注2)オルガネラとは細胞小器官と呼ばれ、細胞内部で、特定機能に特化・分化した構造体。ミトコンドリアもこの一種。
注3)公立はこだて未来大学・中垣俊之、広島大学大学院理化学研究科・小林亮/伊藤健太郎など
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