実りの秋です。新米をはじめとして、様々な農産品がスーパーマーケットの店頭を賑わせています。かくいう筆者の義父も果樹園を経営しており、今年も梨やブドウを食べきれないほど送ってきてくれました。素晴らしい秋の味覚を口にしながら思うのは、これら偉大な実りを生み出す日本の農業の競争力についてです。一般に日本の農業は競争力が低いとされ、TPP(環太平洋パートナーシップ)をはじめとする自由貿易協定でも交渉の最大のネックとされています。しかし農業という多様な産業を一括りにして、漠然と競争力が低いというのも乱暴な気がします。また世界的な貿易自由化の潮流に逆らうことは困難で、来るべき貿易完全自由化に向けて我々は自国の農業の強い点・弱い点についてもう少し詳しく知っておくべきでしょう。以下、1つの目安として、各国の農業の競争力を定量的に示して見ました。

図表 1 各国農産品価格の偏差値(世界平均は50、数字大=低価格、数字小=高価格)

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図表1は国連食糧農業機関(以下FAO)のホームページにある世界132ヶ国を対象とした農産品価格(ドル建て生産者価格)調査をもとに作成した表です。我々が学生時代に慣れ親しんだ(?)偏差値の手法を応用し、品目ごとに世界平均価格の偏差値を50として、それよりも価格が低ければ(競争力が高ければ)偏差値は大きく、それよりも価格が高ければ(競争力が低ければ)偏差値は小さくなります。そして品目ごとに最大値(競争力最高)は黄色、最小値(競争力最低)は青で塗り分けました。尚、価格データは作柄や為替の変動を均すべく、2006-2010年の5年間の平均価格を用いました。この計算では品質は反映されませんが、品質(例えば美味しさ)は主観に左右される部分が大きく、客観的な分析に馴染まないため、敢えて分析対象からは除外しています。比較対象とした国は、TPP交渉に参加している9ヶ国のうちデータが入手できる7ヶ国に日・中・韓の3ヶ国を加えた10ヶ国です。またFAOのホームページでは211品目もの農産品の生産者価格を掲載していますが、今回は日本の価格競争力を知るという目的に鑑み、日本の価格データが揃っている65品目を比較対象としました。

まず結果を端的に表しているのは、図表1右下の単純平均です。これは国ごとに農産品の偏差値を単純平均したものですが、日本は23と断トツの最下位です。一般に言われている通り、価格面に限って総合的に言えば、日本の農業の国際競争力は低いと言わざるを得ないようです。

では日本の農業に全く光明が見えないかというと、そうでもありません。品目ごとに細かく見ていくと、赤色に塗った品目は相対的に高い価格競争力を有しているということができます。具体的には、鶏(生体)・鶏卵(殻付き)・パイナップル・米・テンサイ・七面鳥(肉)・その他野菜(生鮮)です。少しハードルを下げて、競争相手は中国・韓国のみと考えると、ピンク色に塗った品目(キャベツ・牛乳・レタス・チコリ・タマネギ)も一定の価格競争力を備えているようです。マーケットの大きさや輸出可能性などを考えれば、鶏・米・キャベツ・レタス・チコリ・タマネギなどは輸出競争力のある農産品と考えてよいのではないでしょうか。特に日本の主要作物である米については、依然割高ではあるものの、その価格差は比較的小さく、政策や為替次第では世界で戦える潜在力を秘めているといってよいでしょう。

日本は農地が狭く、しかもその農地の多くを米作に利用しているため、米以外の穀物については競争力に限界があるといわざるを得ません。しかし、養鶏や野菜など土地を多く使わない農業は大きな可能性を秘めていると言えます。そしてその際のキーワードは「室内化」でしょう。実際、日本で鶏肉や鶏卵が相対的に安いのは、戦後総合商社など大企業が参入し、飼料の調達から鶏肉・鶏卵の小売までを一貫して行うインテグレーションを構築したからで、その多くは既に室内化しています。また大昔から農業は「天候次第」であり、そのことが農業の標準化・効率化を阻んできました。しかし、現在は植物工場など天候に左右されない革命的な技術も誕生しています。養鶏もそうですが、「農業の室内化」というのが日本の農業の生きる道ではないでしょうか。

コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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