約1年前の2011年11月1日、世界に先駆けて全日本空輸が最新鋭旅客機「ボーイング787」の定期便運航を開始しました。東レの炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を全体重量の50%に使用することで、従来機(ボーイング767)比20%の軽量化に成功した、画期的な次世代旅客機の世界デビューとあって、大いに注目を集めました。機械類など、CFRPの使用が不適当な部分を除けば、金属材料のほとんどをCFRPに置き換えたため、金属代替材料としての炭素繊維のブレイクを予感させる象徴的な事例となりました。
炭素繊維は、アクリル繊維等を高温で炭化して作った繊維で、鉄の4分の1の重さで、10倍の強度を持っているほか、錆びない、化学的に安定といった優れた特性も有しています。繊維のままでは、切れたり、たわんだりと繊維そのものの性質が出てしまうため、樹脂を含浸させプラスチックに成形したCFRPとして利用されることが多くなっています。
「夢の素材」と期待される炭素繊維ですが、金属材料と比べて桁違いに高いコストが普及の障害になっています。炭素繊維原料そのものが高価なことに加え、CFRPへの加工の難しさも高コストの要因になっており、長い間、炭素繊維・CFRPは宇宙分野・競技分野等の限定された用途にしか使われてきませんでした。それでも、1959年の炭素繊維発明後、50年に亘る炭素繊維メーカーの地道な努力や、近年のエネルギー価格の上昇に伴う軽量化技術への注目等が相俟って、航空分野・産業分野での利用が拡大し始めています。ボーイング787でのCFRPの大量採用は、今後のいっそうの普及を期待させるものです。
次世代の材料として注目を集める炭素材料は炭素繊維だけではありません。近年、驚異的な特性を備えたナノ・カーボン材料として、「フラーレン」、「グラフェン」、「カーボンナノチューブ」等が発見され、世界中で競って研究が行われています。
フラーレンは、炭素原子がサッカーボール状に結合してできた物質で、その形状を活かしたナノレベルの潤滑剤としての利用や、化学的作用を活かした化粧品・医薬品としての利用が進んでいます。グラフェンは、炭素原子が六角形格子状に結合したシートで、熱伝導性、耐久性、電気伝導性等の特性において、既存材料をはるかに超える能力を有し、「神の材料」と呼ばれることもあります。
その特性を活かして、高速トランジスタの実現や、太陽電池の高効率化等の研究が進められています。カーボンナノチューブは、シート状のグラフェンを筒状に巻いたような形をしています。グラフェン同様、優れた電気伝導性等を活かした利用法が研究されているほか、炭素繊維の数十倍という理論強度を活かして、構造材料としての利用も期待されています。将来的には、飛行機・自動車等の輸送機械のほか、鉄橋・ビル等の構造物、ひいては宇宙と地球を結ぶ「宇宙エレベーター」のケーブル材料としての利用も想定されています。
フラーレンの発見で1996 年ノーベル化学賞を受賞したクロトー卿は「19 世紀は鉄、20 世紀はシリコン、そして21 世紀は炭素の世紀」と語りました。私たちも、産業・ビジネスを大きく変革する可能性のある「炭素」に注目していく必要がありそうです。
コラム執筆:安藤 裕康/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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