ロンドンオリンピックが開幕しました。筆者もオリンピックに絡めたコラムを書きたかったのですが、既に多くのコラムニストに先を越され&オリンピック関連で面白いネタが全く思いつかないので、今回は世界経済の行方を論じたいと思います。

世界的に経済が停滞する中、日本の経営者や有識者の一部からは、「中国が最後の砦」といった旨の発言が聞こえてきます。確かに中国に近い日本にとって、中国経済に影響される部分が大きいことは事実です。しかし世界レベルで見た場合、本当に中国に世界経済をけん引するほどの力があるのでしょうか。筆者は「中国単独で世界経済をけん引するほどの力はなく、中国だけでは世界を救えない」と見ています。その根拠は以下の通りです。

図表 1 主要国(世界含む)間の実質GDP成長率の相関係数

図表1は主要国(世界含む)間の実質GDP成長率の相関係数(絶対値大=相関関係大)をまとめたものです (※1)。1980~1995年を見ると、米国と世界の相関係数が0.82、1996~2011年を見るとユーロ圏と世界の相関係数が0.81と高くなっています。

一方、中国については1996~2011年においても世界との相関係数は0.53にとどまり、ユーロ圏や米国よりも世界経済との相関性は低いと考えられます。もちろん相関係数の解釈は簡単ではありません。例えば、「リーマンショック時に世界経済が落ち込む中、中国は財政出動で景気を支えたために、中国と世界経済との相関性が崩れた」といった見方も可能でしょう。

しかし、その場合においても、もし中国に世界経済をけん引するだけの力があれば、中国経済改善⇒世界経済改善となり、中国と世界経済の相関関係は保たれたはずです。

経済指標には方向と水準があります。方向とは人間で言えば「勢い」のようなもので、その点においては中国が際立っています。実際、図表1を見ると、中国と世界との相関係数は0.22から0.53に急上昇しています。そして我々は往々にして、この「方向=勢い」だけで物事を判断しがちです。しかし、一方で長年かけて築かれた水準、人間で言えば「経験」のようなものも同時に考慮する必要があります。具体的には先述のユーロ圏・米国と世界との相関係数(それぞれ0.81、0.69と中国の0.53を上回る)が正にそうです。加えて2011年現在、中国の世界GDPに対するシェア14.3%に対し、米国は19.1%、ユーロ圏は14.2%といずれも高水準です(因みに日本のシェアは5.6%。データはIMF。) 。(※2)

それでは、この「経験=水準」で中国に勝る米国とユーロ圏、どちらがより影響力が強いのでしょうか?様々な見方がありますが、客観的な計測方法のひとつにグレンジャー因果検定というものがあります。これは2変数間の因果関係(※3) を測定するもので、これを利用すれば米国経済がユーロ圏経済に影響を及ぼしているのか、あるいはユーロ圏経済が米国経済に影響を及ぼしているのか、見当をつけることができます。具体的な計測方法は割愛しますが、結果は米国経済がユーロ圏経済に影響を及ぼしている可能性が高いようです。

以上の考察から言えることは、世界経済を左右するファクターとしては中国・ユーロ圏もさることながら、やはり米国の重要性を忘れてはいけないということです。では、日々多忙な実務家が何に注目すべきかと言えば、毎月第一金曜日の夜(日本時間)に公表される米国の雇用統計に尽きるといえます。相対的な評価としては、非農業部門就業者数の前月比増減が市場の予測よりも多かったか少なかったか(これは翌日の朝刊を読めば分かります)、絶対的な評価としては毎月コンスタントに約7万人(※4)以上の雇用が生まれているかが目安となります。

コラム執筆:榎本裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

(※1) 1980-1995年については、ユーロ圏のデータが揃わなかったので、ユーロ圏は分析対象から除外しました。

(※2) 数字はいずれも購買力平価(PPP)に基づいて算出されたものです。これは直感的に言えば「(実際の金額ではなく)量で図ったシェア」であり、総じて物価の安い新興市場国のシェアが実感よりも大きくなる傾向があります。

(※3) 厳密にいうとここでの因果関係は一般的な因果関係とは異なりますが、単純化のためそのことについては詳しく触れません。

(※4) 国連による米国人口の中位推計によれば、現在の米国では15-64歳人口は月平均約7万人増加しているので、失業率を上昇させないためにはこの増加分約7万人を吸収するだけの雇用創出が必要となります。

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