2011年度の日本の貿易は通関ベースで輸出総額が65.3兆円、輸入総額が69.7兆円となり、4.4兆円の貿易赤字となった。年度で見た場合の貿易赤字は2008年度(0.8兆円)に続き3年ぶりであったが、今年度は赤字額の大きさから一層注目を浴び、月次ベースでの貿易赤字傾向の継続もあいまって、貿易赤字、ひいては経常収支赤字に関する議論が頻繁に見られるようになった。(暦年ベースでの貿易赤字は31年ぶり。)

経常収支自体は所得収支の増加に支えられ短期的に赤字に陥るとの見方は少ないが、貿易収支に関しては赤字が定着するとの見方もある。(所得収支は2011年度14兆2千億円の黒字、国際収支ベース。)そこで本稿では、貿易収支の推移と構造について検討してみる。

過去をふりかえると、戦後日本の貿易は、経済成長とともに輸出は増加していたものの、原材料の輸入も増加、景気拡大による国内の需要増加もあって貿易赤字になることが多かった。しかし、循環的な国内景気の低迷を経る中で、内需不足を外需で補う構造にシフトしていった結果、石油危機における原油輸入額の増加時期を過ぎると貿易黒字が定着した。

貿易黒字は長らく続いていたが2008年に、原油価格の上昇に伴う輸入額の増加と、リーマンショックによる輸出の伸び悩みによって、暦年で見ると貿易黒字はかろうじて維持したものの、年度で見た場合には28年ぶりに赤字を経験した。その後、資源価格の下落と世界経済の復調に伴う輸出の持ち直しによって2009年、2010年は貿易黒字となった。しかし、2011年3月の東日本大震災以降、原子力に代替する発電燃料の輸入増加により輸入総額が膨れ上がりはじめた。そして欧州債務危機を背景とした欧州経済の悪化や、タイの洪水による生産のストップの影響を受けて、輸出額も減少したため、2011年度は再び貿易赤字となった。

【図1】輸出入額・貿易収支の推移(暦年ベース)

このような長期的な貿易収支の推移の裏には、産業構造の変化、輸出入品目の変遷、新興国の台頭による需要先の変化と輸出競争の激化などさまざまな要因が存在するが、貿易品目の数量と価格といった切り口で見ると、輸出と輸入における興味深い性質の差が見られる。
【図2】は、輸出・輸入額の1962年以降の増加分累計額を、価格寄与分と数量寄与分に分解したものである。1962年以降の輸出の増加は主に数量の増加による影響が大きい一方、輸入の増加は数量要因だけでなく、価格要因も大きな影響をあたえており、特に1973年以降の第一次、第二次オイルショックの時期や、2005年以降は輸出に比べて価格要因の占める割合が高い。

【図2】1962年からの累積輸出額・輸入額の変化

また【図3】は輸出・輸入それぞれの数量指数、価格指数を比べたものであり、数量指数は輸出・輸入とも増加トレンドにある。これに対して価格指数は、輸入価格指数が石油ショックのあった70年代や、足元で石油価格が上昇し始めた2005年あたりから大きく上昇する一方で、輸出価格指数は大きな変動が少なく、特に1980年代半ば以降は横ばいに近い動きとなっている。

【図3】貿易指数推移

以上のような価格・数量指数の動きを見ると、近年までの貿易黒字の蓄積は、輸出数量を伸ばすことで輸出総額を拡大させ、輸入価格の変動に伴う輸入総額の増加をカバーしてきたことに支えられていたことが推察される。

輸出・輸入における価格指数の動きの違いは、輸出品は機械製品や電気機器といった価格変動が比較的低いものが中心である一方、輸入品は価格変動の激しい燃料や原材料が輸入の大部分を占める日本の貿易構造上、避けられない構造であろう。(2011年度、輸出総額に占める一般機械、電気機器、輸送用機器の割合は約60%、輸入総額に占める鉱物性燃料・原料品の割合は約40%。)

しかし、日本の輸出は自動車や産業機械、高品質の鉄鋼など、高付加価値製品を中心に牽引されてきたが、原料コストの転嫁と、付加価値に見合った価格上昇を実現できなかったとも言える。

国際収支発展段階説によれば、経済が発展するに従い、サイクルとして財・サービス収支が赤字に陥るとされている。加えて現在の日本は、韓国・中国などの国々と工業製品の輸出競争が激化して輸出が伸び悩み、原発停止による燃料輸入量の増加や燃料価格の上昇の影響もあって輸入が増加傾向にあり、貿易赤字になりやすい状況である。

貿易赤字=悪とは限らない。しかし、2001年以降に顕著なように、近年の日本は、成長に対する内需の寄与が小さく、純輸出の拡大が経済成長を支えていた構造となっていたため、当面は黒字の継続が望ましいことに異論はないであろう。
過去において、輸出価格は横ばいで推移していたものの、輸出数量の拡大によって貿易黒字を達成してきた。今後も、景気拡大局面においては輸出数量を伸ばしていくことが可能かもしれないが、他の低コストで生産する国々との輸出競争も一層加速する可能性が高く、輸出数量の拡大は従来以上に難しくなることが想像される。

したがって、今後とも数量面での輸出拡大に努めることは不可欠であるものの、それのみでなく、日本が輸出する高付加価値製品の強みを一層生かすためのマーケティング手法やターゲット市場の再吟味、条件交渉の見直しなどを通じ、輸出価格を引き上げて輸出総額を増加させる努力が重要となってくるだろう。

コラム執筆:常峰健司/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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