インド商工省は2011年11月、国家製造業政策(National Manufacturing Policy)を公表した。2022年までの10年間でGDPに占める製造業のシェアを現在の16%から最低25%にする。また、同時にこの間、製造業で1億人の雇用創出を目指す。
目玉は、政府が土地・インフラを提供する国家投資・工業地区(National Investment and Manufacturing Zones, 以下NIMZ)だ。最低でも50平方キロ規模とされ、土地の選定・収用は州政府が行う。環境アセスメントについても州政府が責任を持つ他、水・電力インフラ整備も州政府の担当となる。中央政府は、計画費用を負担するとともに、PPP(購買力平価)ベースで鉄道・道路・港・空港・通信などインフラ開発を推進する。
第一フェーズのNIMZ選定は、現在、デリー・ムンバイ間産業回廊(DMIC)として開発中のエリアで行うことが想定されている。商工省の発表によれば、以下7つのエリアがNIMZとなる予定だ。
1.グジャラート州アーメダバード・ドレーラ投資地区(900平方キロ)2.マハラシュトラ州シェンドラ・ビドギン工業地区(84平方キロ)
3.ハリヤナ州マネサール・バワル投資地区(380平方キロ)
4.ラジャスタン州クシケラ・ビワディ・ニムラナ投資地区(150平方キロ)5.マディアプラデッシュ州ピタムプール・ダール・モウ投資地区(370平方キロ)
6.ウッタルプレデッシュ州ダドリ・ノイダ・ガジアバード投資地区(250平方キロ)
7.マハラシュトラ州ディジ港工業地区(230平方キロ)
インド政府は2011年9月15日の閣議において、5年間で1750億ルピーのDMIC開発支援と100億ルピーのDMICDC(開発公社)開発資金を承認しており、NIMZ開発が、今後30年で総額1000億ドルとも予想されるDMIC開発への呼び水となることを期待している。
対象となるのは製造業で、次に挙げる6つの重点分野が設定されている。【1】雇用創出効果の大きい繊維・衣服、皮革・履物、宝石・宝飾、食品加工など【2】工作機械、重電機器、輸送機器など資本財
【3】戦略産業と位置づけられるエアロスペース、海運、ハードウェア・エレクトロニクス、通信機器、太陽エネルギー
【4】競争上優位にある自動車・同部品、製薬など
【5】中小企業(情報技術活用、スキル開発、資本へのアクセスなどをサポート)【6】防衛、エネルギー分野の公的事業の6分野である。
NIMZ内での産業育成策として、事業規制の大胆な緩和、中小企業の技術習得支援、太陽光など再生可能エネルギー活用支援とともに、労働者の利益保護に重点がおかれているのがインドらしい特徴である。NIMZ進出企業は、工場閉鎖に備えて企業に失業保険ないし償却費用積立を義務付けられる他、NIMZ運営者が失業者を他企業に斡旋をするなどの対策がとられることになる。これは、存続不能な状態に陥った事業の撤収を速やかにし、投入された資金・資産の回収・再活用を推進するエクジット・メカニズムの一つとして盛り込まれているもので、失業時の保障を明確にし、保険を義務付けることで、事業資産への訴求を排除するとされている。
職業訓練や技能向上プログラムも不可欠の施策だ。インドの労働力人口は約5億人とされるが、商工省によれば、このうち、何らかの職業訓練をうけているのは6%のみで、質量両面で大きな「スキル・ギャップ」が存在する。国家製造業政策では、最初に農業以外の産業に就く者を対象とするスキル・ビルディングプログラムや企業の技能開発制度への補助、見習い工制度の普及など様々な職業訓練支援を盛り込んでいる。
インドの都市人口は過去10年で91百万人増加した。今後10年、この流れは更に加速するに違いない。つまり、製造業は流出する農村人口の受け皿になる。本政策では、雇用創出効果の大きな分野として、繊維・衣服、皮革・履物、宝石・宝飾、食品加工などが挙げられていること、同じく重点分野の一つである中小企業群が26百万ユニット、雇用者59百万人、すなわち平均二人強の零細企業であることを考えれば、適切な職業訓練や必要な資金へのアクセス改善が実現すれば、それなりの雇用拡大は見込めるであろう。例えば、中小企業の平均雇用が一人増えるだけで、26百万人の雇用拡大だ。
一方、経済界には、労働市場への新規参加者の「スキル・ギャップ」懸念から、政策目標である、製造業での1億人の雇用拡大は非現実的との懸念もある。
政府は職業訓練所の増設を推進する予定だが、既存の訓練所の卒業生の3割が未就労であるとの調査結果がある他、グルガオンやムンバイなど産業集積地では、地元の職業訓練卒業生の技能不足から、他地域から労働者を集めざるをえない、といった状況もあるようだ。訓練所における指導者不足という問題もある。製造業での1億人雇用拡大は国民を貧困から引き上げるための、壮大な国民教育の試みと見るべきものかもしれない。
ただ、NIMZでは、地方政府が土地収用を進めることで、インドにおける最も大きな参入障害の一つである土地収用の問題が緩和されることは確かだろう。日本企業にとっては、大きな朗報といえよう。
コラム執筆:猪本有紀/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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