先進国がソブリン債務の信用力低下に苦しむなか、インドネシアのソブリン格付は昨年末フィッチレーティングによってBBBマイナスに引き上げられ、さらに今年に入ってムーディーズによってBaa3(BBBマイナスに相当)に引き上げられた。同国経済はリーマンショック、欧州債務危機という2つの金融不安にも抵抗力を示し、近隣諸国をアウトパフォームするなどかねてより注目を集めていたが、アジア通貨危機以来の投資適格級に晴れて復帰したことになる。
実際のところ、インドネシア経済を各種統計から概観すると、バランスが取れておりかつ景気変動が小さいという印象を強く受ける。
経済は内需型で、消費がGDP比で60%台半ば、投資は同30%強に対し、輸出は同20%台と相対的に低い。また、統計上の不突合(誤差)の大きさがやや目立つものの、実質GDPは過去数四半期にわたり前年比6%台の極めて安定的な成長を示している。米ドル換算のGDPは11年に8000億ドル台に拡大、一人当たりGDPは10年の3000ドル付近から、11年には3300-400ドルに達したと見られる。
安定感のある内需に購買力の高まりが加わったことが、消費の一段の伸びを期待させる背景として存在する。一方、高成長のなかでも物価は抑制されており、消費者物価上昇率(前年比)は4%割れまで低下、金融政策の裁量の余地を感じさせるものとなっている。また、失業率は11年半ばで6%台と少々高いが、これも低下傾向にある。
対外経済を見ると、経常収支は小幅ながら黒字基調が継続。貿易面では、新興アジア向け輸出の寄与が顕著な一方で先進国向け比率は低下、先進国経済の減速に対しては耐性が高まっていることを示唆している。また、近年では投資資金の流入が拡大、特に10年から11年前半にかけ流入額は急増した。この間外貨準備も増加、現在では輸入額換算で7ヶ月程度の水準にある。対外債務(純)はGDP比40%超とアジア諸国の中では比較的高く、経済は信用収縮等の影響を受け易い体質であると考えられる。ただし、昨今の信用環境の悪化に際しては、同国ソブリン格付の投資適格級への引き上げがその影響を緩和することが見込まれる。
インドネシアの粗政府債務はGDP比30%程度と、周辺のアジア諸国と比較しても低水準にある。リーマンショック後の財政出動を経ても政府債務の拡大が抑えられているのが特長で、ショック発生にあたっての財政の発動余地は大きいと見られる。国内の金融システムは、銀行の集約化などの面で未成熟な点を残すものの、特に大手銀行では担保融資中心の貸出、高い自己資本の維持など保守的な経営が行われており、近い将来の危険を感じさせるものではない。
このように「新興国の優等生」とも言えるインドネシアだが、現地で感じたいくつかの懸念をあえて挙げてみたい。
第一に、インフレ再燃の可能性である。先に示したように統計上インフレは沈静化しているように見えるが、現行の統計は消費行動の変化や経済活動の都市部への集中などの急激な動きを十分反映していない可能性がある。特に燃料、電力などは政府補助金により価格が抑制されているという背景があり、潜在的なインフレ圧力はより強いと見られる。雇用が改善する一方、物価上昇率が低下するという姿になっているが、中央銀行との対話などから類推する限り、足もとで強まっている賃上げ圧力の影響も過小評価されている懸念がある。
第二に、社会資本(インフラ)整備の遅れである。政府予算を見ると補助金の大きさに比べインフラ整備への配分がそもそも低い。さらに予算の執行率が低いため政府によるインフラ投資の実績はGDP比で2%弱にとどまり、インフラの不足感を助長している。建設のための用地取得の困難さも障害のひとつだったが、昨年末に土地収用法が議会を通過、インフラ整備の起爆剤となるかが注目される。一方、製造業は法律上生産施設を工業団地内に設立することが義務付けられているが、都市近郊の工業団地はおおむね枯渇し、価格も急騰している。これらインフラ面における問題点が生産面でのボトルネックになる可能性がある。
第三に、政治面での変化が見込まれることだ。ユドヨノ大統領は14年に2期の満了を迎え、規定上は次期大統領選に出馬できない。既にポストユドヨノのレースは始まっており、政治的な思惑による政策運営の非中立化や急変(大衆迎合的な政策、保護主義への傾倒、汚職の発生など)が懸念されている。国内では所得格差の拡大が進み、低所得者層の不満がたまりつつあるという悪材料もある。
躍進が続くインドネシアだが、その経済的地位の高まりに伴い、独自色の強い規制や慣習には修正を迫られる可能性もある。また、資本面における開放など一層の自由化を要求される局面もあるだろう。そうした変化に同国が適応していけるかにも注目していきたい。
コラム執筆:田川真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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