中東情勢や欧州の債務懸念などを背景に、原油価格は不安定な状況が続いています。原油価格を見る場合、指標価格として米国のテキサス州から産出される軽質低硫黄原油である、WTI(West Texas Intermediate)がよく使われます。しかし、WTIは一年ほど前から他の指標原油との乖離が大きくなっており、原油の実態価格を表しているとは言えなくなっています。2011年10月時点で、WTIは同じ軽質低硫黄原油のブレントに比べて平均で1バレル当たり23ドル程度安い状態です。欧州の指標原油であるブレントはリビアの混乱を受けて上昇しましたが、同じ米国内でも全米の石油精製の半分近くを担い、欧州への輸出が可能であるメキシコ湾岸地域においては、軽質油がブレントに近い価格で取引されています。WTIは、米国国内においても指標としては歪んだ価格となっています。

WTIは世界で最も先物取引量の多い原油です。流動性と取引の透明性の高さから、国際的な原油価格の指標と見なされており、その取引量はNYMEXの期近物だけで一日6億バレルを超える日もあります。一方、WTIの実際の生産量は日量30~40万バレル程度と言われています。先物取引のほとんどが受渡期日前に反対売買され、売買差額のみの決済となりますので、現物の受け渡しはほとんど発生しません。そのため、数量がかけ離れていても一見問題はなさそうに見えます。しかし、WTIは現物をオクラホマ州のクッシング地区で受け渡しする契約となっているため、この地区における在庫の増加が価格を押し下げる要因として働きます。

2008年のリーマンショックの後、石油在庫は全米各地で増加しました。しかし、その後、他の地域が横ばいもしくは減少に転じたのに対し、クッシングが属する中西部地域(PADD2)においては大きく増加し、現在も高いレベルに留まっています。これは、原油価格が上昇したことによって、非在来型石油の生産が可能になったことと深い関係があります。クッシングが属する地域の在庫増は、カナダからの輸入増と、米国内陸部の石油生産の増加という、2つの要因が挙げられます。カナダのオイルサンドから生産される石油は、2010年には2000年の2.4倍に拡大しましたが、これらの多くはパイプラインで米国に運ばれています。

そのうちの一つ、トランスカナダ社が運営するキーストーンパイプラインが2011年2月にクッシングまで開通し、カナダ産原油のクッシングへの輸送が可能となりました。また、米国ではシェールガスとともにシェールオイルの生産が増加しています。特に、クッシングと同じPADD2に属するノースダコタ州には、カナダとの国境を跨ぐ巨大なバッケンシェールが存在します。このシェール層からの生産が本格化したことで、ノースダコタ州の石油生産量は過去5年で3倍に拡大し、同州は今や石油生産量で、テキサス州、アラスカ州、カリフォルニア州に次ぐ全米第4位です。また、クッシングが存在するオクラホマ州においてもシェールガス生産に伴うシェールオイルの生産量が増加しており、この地域の供給量は増加の一方です。

対して、クッシング周辺の地区(オクラホマ州、カンザス州、ミズーリ州)における精製量は全米の5%未満であり、割安なWTIを調達しても、その地域で消費できる量は限られています。輸送するにも、大需要地かつ輸出基地のあるメキシコ湾岸地域に送り出すパイプラインは存在しないため、割高なタンクローリーや列車を利用するしかありません。クッシングからメキシコ湾岸まで石油をタンクローリーで運んだ場合の輸送費は20ドル程度と言われていますので、クッシングにおける過剰在庫多が続く限り、メキシコ湾岸地区とクッシング地区の原油の値差は、理論的にはこの値に収束すると考えられます。

米国におけるシェール層からのオイル生産は、シェールガスの生産とともに、今後も拡大が見込まれます。また、原油価格が高止まりする限り、カナダのオイルサンドからの原油生産も増加すると考えられますので、米国における石油の中東依存度は低下する可能性があります。一方、カナダとクッシングをつなぐパイプラインをメキシコ湾まで延長する、キーストーンXLパイプラインの建設が現在検討されています。環境問題など難しい問題もありますが、計画が実現した場合はクッシングからメキシコ湾岸地区への輸送が容易となり、WTIとブレントとの値差が縮小すると考えられます。石油というと中東の話題が目を引きますが、世界最大の消費国かつ輸入国であり、第三位の生産国であり、また、先物取引において最大の取引量と流動性を持つ市場を抱える米国における環境変化は、原油の先行きを見る上で注目しておく必要がありそうです。

コラム執筆:村井美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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