東日本大震災は、輸出入動向に大きな影響を及ぼした。サプライチェーンの寸断、生産設備の毀損や電力不足により、全国的に幅広い業種で減産や生産停止がみられた他、港湾機能の停止、抜港、食料品等の輸入禁止措置等が相次ぎ、輸出は大きく落ち込んだ。特に、震災直後、全国の工場が軒並みストップした自動車産業への影響は大きく、4月の自動車輸出は、前年から55.6%減少した。一方、輸入は、震災直後には港湾機能の停止の影響等で減少したが、その後は、ガソリン、ミネラル・ウォーター等の緊急輸入、代替輸入が行われたほか、LNGなど火力発電用の燃料輸入も大幅に増加している。

震災から約6カ月経過し、こうした震災の要因は徐々に剥落しつつある。例えば、7月の自動車輸出は、生産の急回復を反映して、前年比4.6%減とほぼ前年並みとなった。また、商品全体で見ても、日銀発表の7月の実質輸出(数量を表現)は、震災前である2月の97.5%の水準まで回復している。

供給体制が回復した後の輸出の回復ペースは、円高や減速感を強める世界経済の動向が鍵を握ることになる。実際に、半導体等電子部品や鉄鋼の輸出では、供給体制がほぼ完全に復旧しているにも関わらず、中国、NIEs、ASEAN等を中心に需要の低迷や国内市場の需給緩和等による弱い動きがみられる。このため、秋にかけて、輸出の増勢は鈍化あるいは減少することも考えられる。

一方、輸入は火力発電用の燃料の調達が今後も継続するため、しばらく震災の影響をひきずりそうである。特に、影響が大きいのは液化天然ガス(LNG)である。5月以降、LNGの輸入量は前年比で10~25%増の水準で推移している。今後も増加傾向は継続する見込みであり、日本エネルギー経済研究所によると、原発の再稼働がない場合、2012年度の電力向けLNG需要は6,439万トンとなり、2010年度の4,437万トンから45%増加すると予測されている。

一方、火力発電の他の主要燃料である原油、石炭の輸入量は意外にも減少傾向にある。7月の貿易統計をみると、原油は前年比11.2%減、石炭は同14.6%減といずれも二桁の減少となっている。
原油輸入量減少の要因は、ガソリン等石油製品の国内需要の低迷だとみられる。もっとも、電力向けの原油輸入は増加傾向にある。電気事業連合会によると、2011年7月の電力燃料用の原油受入量は、国内電力会社10社で72万キロリットルとなり、前年同月の39万キロリットルから87%増加している。しかし、2011年7月の原油輸入量全体が1,603万キロリットルであることを考えると、電力用途の割合は小さく、原油輸入全体では減少に転じたものとみられる。

また、石炭輸入の前年割れは、電力用途の減少が主な要因となっている。これは、太平洋岸に立地する大型の石炭火力発電所が軒並み津波の被害を受けて停止したことが大きい。稼働中の石炭火力発電所は、すでにフル稼働に近い運用となっており、稼働率上昇の余地は小さく、一部の発電所が停止した影響がそのまま石炭輸入の減少に直結したものとみられる。

今後の輸出入動向の最大の焦点は、来年度にかけて、原発がどの程度再稼働するか、という点であろう。日本エネルギー経済研究所によれば、全国の原発が停止した場合、燃料費は合計で3.5兆円程度増加する見込みである。2010年度の貿易黒字が約5兆円であることを考えると、その影響は非常に大きなものとなる。また、輸出動向では、短期的には円高や世界経済の動向、震災直後に一部でみられた韓国等による日本製品代替の動きがどの程度剥落するかという点、中長期的には、国内での事業環境の悪化を背景とした企業の海外移転の動向が大きなポイントとなる。

貿易収支、あるいは経常収支の動向は、景気に与える影響のみならず、国内貯蓄を背景とした国債消化の持続性という点でも注目されており、今後の動向については、これまで以上に注意深く見ていく必要があるだろう。

コラム執筆:安部直樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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