日本各地の習慣や風俗を紹介する番組が人気です。筆者は(何かと話題に事欠かない)大阪出身ですのでお客様と大阪の話でよく盛り上がるのですが、ここ数年「大阪ってこうなんでしょ。テレビで見ました。」とおっしゃるお客様が急増しており、マスメディアの力を実感しています。同時にこうした番組が持つ「大阪素人(あるいは大阪以外のことも知っている大阪人)」ならではの鋭い視点にも感心させられます。例えば大阪人は塩辛い場合もピリリと辛い場合も「辛い」の一言で済ませてしまうのですが、大阪以外ではそれぞれ「塩辛い(しょっぱい)」「辛い」と言葉を使い分けているとのこと。大阪しか知らない大阪人では持ち得ない着眼点で、正に「素人ならではの力」です。

ビジネスパーソンが新興市場国を観察する場合にも同じことが言えるかも知れません。例えばBRICsの一角を占めるロシアですが、昔からこのマーケットを担当してきたのは大学や企業研修でロシア語を修得した「ロシア語屋さん」が大半です。彼らの多くはその希少性ゆえに、好むと好まざるに関わらずキャリアの大半をロシアにどっぷり浸って過ごしてきました。そのこと自体は素晴らしいことですし、彼らのような地域専門家がいなければ、「新興市場国の成長を取り込む」という日本企業の目標も達成できません。

ただ、彼らがロシアと諸外国との違いや、ロシア自体の微妙な変化に敏感かと言うと、必ずしもそうとは言い切れないと感じています。例えば筆者が大いに尊敬している人物のひとりにロシアを含む旧ソ連各地で活躍した元外交官がいます。現役時代から実力派として有名だった彼は、現役を退いた今でも度々ロシアを訪れ、ロシア人と交流を続けています。しかしこの元外交官氏のロシア観は極めて悲観的で、彼のロシア観を要約すると「ロシアはちっとも良くなっていないし、これからも良くならない」といった具合です。

実際はどうでしょうか。今年の3月、筆者は10年振りにロシアのモスクワとハバロフスクを訪れました。10年振りともなると筆者も立派なロシア素人と言えるでしょう。そしてロシア素人の筆者は3つの前向きな変化を感じました。

1つ目はモスクワのごく普通のスーパーマーケットでイチゴを買った時のことです。レジの女性店員が「このパックのイチゴは傷んでいるので他のパックと取り替えてきて下さい」と言ってくれたのです。ソ連的サービスしか知らない筆者にとっては衝撃的でした。

2つ目はモスクワからハバロフスクにアエロフロート便(エールフランスとのコードシェア便ではありましたが)で移動した時のことです。無事ハバロフスクに到着し、荷物が出てくるのを待っていると、若いロシア人女性が私に話しかけてきました。話を聞くと、女性は機内食改善のためアンケートを実施しているとのこと。エールフランスの指導に基づくものかもしれませんが、大変驚かされました。

3つ目はハバロフスクの街の雰囲気の変化です。10年前に来た時は街に落ち着きがなく、デジカメで写真撮影する時も背後から襲われないよう壁や柱を背にしていました。しかし今回は最新のカラフルなデジカメで撮影していたにもかかわらず、街の人々は全く気にする様子もなく、いつの間にかこちらも壁や柱を背にすることを忘れていました。最終日にはハバロフスクの治安を試すべく、夜間に1人歩いてレストランに行きましたが、何も起こりませんでした(周到な準備をした上での実験であり、読者は真似をされないように)。以上のことからロシア素人の筆者は「ロシアは着実に前進している」との結論に至りました。

元外交官氏の意見も筆者の意見も主観に過ぎません。ただ客観的判断に基づいて行動する大企業、例えば自動車メーカーがロシアでの現地生産を拡大している様子を見ると、筆者の素人判断もあながち間違ってはいないのでは、と「素人の力」を実感しています。

話をテレビ番組に戻しましょう。番組の中で筆者が一番好きなのは、ご当地グルメを出演者全員で試食するところです。各地域で長く受け継がれてきた料理だけあって総じて評判は良く、そして地元出身の出演者も誇らしげです。新興市場国ビジネスにおいても我々は偉大なる素人として各国の良い部分を発見し、それを全世界に紹介することで、世界全体の平和や発展につなげたいものです。

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モスクワで購入したイチゴ。何もつけずに美味しく頂きました。
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アムール川を望むハバロフスクの公園。10年前は酔っ払いの集まる危険地帯でした。

コラム執筆:
榎本裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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