連日のようにギリシャの債務危機に関する記事が紙面を賑わしている。ただ、極東にいる我々にとって、欧州における債務問題の本質はなかなか見えづらい。ギリシャに対する懸念が、単に一国の財政破綻に止まらないという構造的要因が事情を複雑にしているためだ。そこには単一通貨ユーロ導入を巡る歴史的な背景が存在する。
ヨーロッパにおける共通通貨の構想は古くは戦前からあったが、通貨統合に向けての起点といえるのは、1969年のハーグにおける欧州共同体(EC:欧州連合(EU)の前身)の会合で、80年までに経済通貨同盟(EMU)へ移行することが合意されたことだろう。当時のEC加盟国はベルギー、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)、フランス、イタリア、ルクセンブルグ、オランダの6カ国のみだったが、この会合を機に拡大EC、および単一市場に向けた経済統合への流れが強まることになる(*1)。
通貨面ではその後、加盟国間の通貨の変動幅を一定の幅でコントロールする「スネーク」制度の導入や、欧州通貨制度(EMS)・欧州通貨単位(ECU)の創設など様々な試みが行われたが、通貨統合へのより具体的な取り組みは89年、EMU完成に向けての3段階にわたるロードマップが合意されて以降となる。EMU移行は当初計画から10年遅れとなったわけだが、そこでは単一通貨の導入に向け以下の3つの段階を踏むこととなった。すなわち、域内市場統合を促進する第1段階(1990-93)、マクロ経済政策の協調を図る第2段階(1994-98)、経済通貨統合の完成(ユーロの導入および欧州中央銀行(ECB)による統一的な金融政策の遂行)をみる第3段階(1999-)である。
筆者は、このEMUの移行期に外国為替市場に身を置いていたが、筆者を含め多くの市場関係者は通貨統合の実現性に懐疑的であった。通貨統合は各国の独立した財政運営を前提に共通の金融政策を敷くという意味で、維持可能性の乏しい壮大な「実験」に思えたからだ。
共通の金融政策は、ある国では景気刺激的となり、別の国では抑制的になる可能性がある。したがって個々の加盟国の責任に基づく財政政策が景気変動を制御する唯一の政策手段となる(EU各国やECBによる特定国への支援は原則として禁じられている)。こうした事情からEMUの第2段階では、加盟国にはマーストリヒト条約で定められた経済収斂基準(*2)に沿ってインフレ率などの経済パフォーマンスを平準化することが強いられた。通貨統合に向けての準備という位置付けであり、基準を満たせない場合ユーロの導入はできない設計となっていた。
1999年には、収斂基準を満たした11カ国で通貨統合が実現し、ユーロ圏が形成された。しかし、そのシステムにはやはり構造的な欠陥があった。まず、第3段階への移行直前には、いくつかの国は一時的な増税を行ったり、統計の解釈を変えたりすることで強引に収斂基準を満たしにいっていたことが明らかになった。さらに、収斂基準における財政面の制約は、「安定・成長協定」としてユーロ導入後も罰則規定を伴う遵守事項として残ったが、この基準が守れなくても制裁金などの罰則は適用されず、協定は骨抜きとなっていた。
ギリシャの債務問題の発端は2009年10月のパパンドレウ新政権の誕生とともに、前政権が財政赤字を過少報告していたことが発覚、実際の財政赤字はそれまでの公表値の3倍以上(名目GDP比▲12.5%)であることが明るみにされたことだ。企業で言えば明らかな粉飾決算があったということになる(実はギリシャは収斂基準が満たせず、2年遅れでユーロを導入したが、その時にも同様の問題を起こしている)。そしてこの行為に対し、EUは懲罰を課すどころか金融支援を与えるという方向で動いている。ギリシャが万一債務不履行に陥れば、その影響がユーロ圏全体に及ぶという危機意識が優っているためだ。このように現在の危機は、制度設計の欠陥とガバナンスの欠如が引き起こしたといっても過言ではない。
こうした経緯から判断すれば、例えギリシャの目先の資金繰りが事なきを得ても、ユーロ圏が爆弾を抱えた状態が続くことは変わらない。ガバナンスの強化はもとより、財政面における一定の融合などの構造改革がなければ、おそらく10年来の疑問はこれからも繰り返されることになろう。
(*1) ギリシャは73年のデンマーク、アイルランド、英国に続き、81年に10番目のEC加盟国となった
(*2)経済収斂基準とは、以下の4つ
【1】物価の安定性(物価の最も安定している加盟国の平均から1.5%を超えて乖離しないこと)
【2】財政(財政赤字がGDP比3%以内、政府債務が同60%以内であること)
【3】為替相場の安定性(為替相場メカニズムで定められた変動幅を守り、かつ切り下げがないこと)
【4】長期金利の安定性(物価の最も安定している加盟国の平均から2%を超えて上回らないこと)
コラム執筆:
田川真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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