2011年4月、ベトナムのホーチミンを訪問した。ベトナムは初めてであったが、以外と綺麗な街との印象であった。現在ベトナムの一人当たりGDPは約1000ドルで、日本で言えば、当時の為替レートで1960年代半ば頃の高度成長期にあたる。同じ1000ドルでも、インドのニューデリーやムンバイでは、国の大きさ、人口の圧倒的な多さからくる無言の圧力のようなものを感じるが、ホーチミンではそれがない。インドに比べて料理が日本人には馴染みやすいのも印象を変える要因かもしれない。
道路を走るバイクの多さには、驚かされた。現在、ホーチミンでは、人々の通勤・買い物や市街地の物流を担っているのはバイクである。二人乗りも多い。交差点では、バイクと自動車が、先を争うように入り乱れており、走りにくそうだ。二輪車が多いのは、四輪自動車市場が拡大する前の新興市場国に共通する事象だが、その様相は、それぞれに異なっている。
まず第1に、ベトナムでは普及ペースが早い。アジア各国の人口1万人あたりの年間二輪車販売台数を見ると、2009年時点で、ベトナムは約300台と中国の150台、インドの70台を大きく上回っている。
因みに、各国の一人当たりGDPは、タイではピークをつけた2005年(約340台)時点で約2800ドル、また、中国は2001年時点で、現在のベトナムと同じ(=現在のインドと同じ)約1000ドル、2009年時点では、約3800ドルとなっている。ベトナムの2001年は400ドル台で、ここでもインドとほぼ同じであった。
ベトナムの二輪車国内販売台数は、2000年に、大量に在庫を抱えた中国からの集中豪雨的輸出をうけて、前年の50万台から150万台と一挙に3倍増となった。「中国ショック」と呼ばれるこの時期に、安価かつ大量の2輪車が農村部も含めて浸透したという事情はあるものの、反動減となった2003年以降を見ても、一人当たりGDPでは10年以上の開きがあるタイの販売ペースに2年遅れ程度でキャッチアップしている。
第2に、少なくともホーチミンでは、バイク抜きでの都市生活が考えられないほど、生活や産業に密接に関わっている。街の小売市場や工場、オフィスなどにはバイクの駐車場が欠かせない。街の中心部のあちこちで、かなりのスペースをとっている。土地利用の観点からはなんとも勿体無いが、地下鉄がまだ無い等、公共交通が不十分な現状では、小売の顧客や工場ワーカーなど人を集めるためには不可欠のインフラとなっている。小売の物流を担うのもバイクである。
ベトナムでは、近代的な小売チェーンが未発達で、公設市場や道路沿いにある個人商店等、所謂伝統小売における販売が小売売上全体の8割程度を占めるとされている。インスタントラーメンであれ、ガム・チョコレートであれ、飲料であれ、商品はメーカーからこれら伝統小売にバイク便で運ばれている。人海戦術である。因みに、ホーチミンの親は小学生をバイクで送迎している。放課後、校門の側で、買い食いをしつつ親の迎えを待つ小学生の集団は、近隣小売店の上顧客となっている。
第3に、やや蛇足の感はあるが、駐車場では、いずれもバイクが極めて整然と並んでおり、ベトナム人の国民性の一端がうかがわれる。冒頭の街が綺麗という印象も、こういうところが影響しているのかもしれない。
市民の足として、また、商品流通の手段として欠かせないバイクではあるが、一方で、道路上では、自動車と競合しており、道路の混雑と大気汚染の原因となっている。
今後の所得拡大やトラック輸送を伴う近代小売店網の拡大など、四輪自動車の増加が見込まれる中、都市交通インフラの整備を通じてバイクから自動車へのシフトをスムーズに進めることは、ベトナムにとって、他の新興市場国以上に、重要な課題といえよう。
コラム執筆:
猪本 有紀/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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