東京の桜は例年よりずいぶん遅く、今ちょうど満開ぐらいです。当社の東京オフィスの横の坂も、桜並木がとても綺麗です。オフィスの窓から外を眺めても、ところどころに素晴らしい桜並木や、立派に咲き誇っている大きな桜の木が見えます。しかし、平日のせいもありますが、あまり花見をしているようには見えません。日本では桜満開にはもう慣れてしまって、大して愛でなくなってしまったのでしょうか?
花見というと私が思い出すのは秀吉と吉宗と寿司です。大谷吉継、石田三成らの逸話のある秀吉主催の大阪城での茶会は花見だったのでしょうか?そして醍醐の花見。秀吉は仰々しい大舞台が似合う天下人です。カッコいいですよね(最近の映画の中での解釈はまた別ですが)。そして彼の催す花見や茶会には、絢爛さの中に、強い政治的アジェンダを感じます。
吉宗も武士を懐柔する政治的アジェンダと景気を良くする経済的アジェンダを持って、飛鳥山に花見をプロデュースしたと云われます。寿司は日本を代表し、世界に羽ばたく日本文化、日本名産品ですが、これは元々は花見に持って行くお弁当のようなものだったと考えられています。このように、花見は我が国においていくつかの重要な役割を果たしてきたと思うのですが、最近はどうなのかなぁ。
意味を意識的に持たさなければ、自然は意味を持たない。折角の素晴らしい四季折々を、もっと大切にしていきたいと思います。