6月23日の英国のEU離脱の国民投票を受け、一旦大幅に下落した日本の株式市場は、週明け以降やや落ち着きを取り戻している。

ところが、依然として世界の金融機関の株価は下げ止まらない。欧州の中でも比較的財務力が弱いウニクレディト、バークレイズ、RBS等の株価は、BREXIT決定後の2営業日で30%以上下落し、一部の銀行の時価総額は世界金融危機時の最安値までもごくわずかとなっている(図表1、図表2)。

このような金融株の下落の背景は何か。今後懸念すべき点は何が残されているのか。BREXIT前のレポートでも波及影響について触れたが、格付け引き下げや株価下落等の「一次的影響」と「二次的影響」は概ね想定通り推移している(図表3)。

そこで、今回改めて、金融システムへの「三次的影響」について検討する。脆弱な金融機関に対する懸念は、BREXIT前から燻っていたが、今回の件でリスクが一段と懸念され始めた。地域によっては、金融リスクが政治リスクに発展しかねない上、スコットランドの住民投票等政治サイドの"小爆発"も避けられないだろう。

日本の金融セクターの直接影響は限定的だが、調達コストの上昇や海外の不良債権の拡大など間接的な影響も飛び火することから、当面、金融セクターについては、株式も債券も、静観せざるを得ないだろう。

【BREXITの金融システムへの波及】

1. 欧州のリスク:一部の国の財務は脆弱。中でも、イタリアが最大のリスク

EU域内では、アイルランド、ポルトガル、ハンガリー、イタリア等が財務的には脆弱である(図表4)。 中でもイタリアは、不良債権の総額は約30兆円と欧州の中でダントツである(図表5)。貸出に対する不良債権の比率は16.8%と日本の金融危機時を上回る高い比率となっている。引当金は計上されているが、不良債権額の約半分程度であり、残りは今後の損失に繋がりやすい。

通常、銀行の発行する債券は機関投資家が保有することが多いが、イタリアでは、20兆円余り(2,000億ユーロ)の銀行債券が個人によって保有されている。欧州危機時に優遇税制を与えることで、これらの債券を個人に引き受けさせたためだ。昨年は、小規模銀行の経営難でこうした債券に損失が発生し、自殺者まで出たと報じられている(2015/12/10 BBC, Reuters等)。

イタリア政府は、今年に入り様々な不良債権処理等を進めようとしているが、EUとの関係ではストレートには進まない可能性がある。

EUは、今年から、政府が民間銀行を独自に救済することを原則禁じ、銀行債券保有者などに一定の損失負担を求めるようになった。今年からEU共通の救済基金が始動し、EUメンバー国の銀行は、経営難ではこの基金を統一ルールの下で利用しなければならないという仕組みができたためだ。

イタリアでは、上記の通り個人の銀行債券投資が大きいため、このような制約のマイナス影響が国民全体に及ぶ可能性がある。なお、27日の報道では、イタリア政府はEUに対し銀行支援を認めるよう請求する可能性があるとしている。

このようなEUルールに対する反対意見も多いが、個別に例外措置を認めたとしても、ルールの抜本的な見直しの気配はまだみられない。国民感情がこのような問題に煽られた場合、イタリアのEUへの反発は強まるだろう。

2. EU独自規制の問題:BIS以上に厳格

BREXIT前から、欧州の金融規制や金融税制はBIS以上に厳しく、景気へのマイナス面が懸念されていた。ECBが金利を下げても貸出の拡大が鈍い理由の一つである。

もし、EUの"呪縛"から逃れられれば、こうした制限も軽減される。今のところ、それほどの重石に感じられているわけではないので、規制自体がEU離脱の火種になるとは考えにくいが、何か別の要因で離脱が議論される時には、離脱を支援する要因の一つとなるだろう。

逆に、こうした反EUの動きからEUが規制を甘くする可能性もある。しかし、その場合、将来的な銀行救済のコストが上昇する可能性があるため、長期的にはプラスとは言い切れない。

3. 日本への影響は限定的。但し、過去に比べて海外リスクは膨張した

日本の事業法人の場合、英国との取引のウェイトは相対的に小さいことから、円高以外の要因については深刻な問題にはなりにくそうだ。

一方、金融取引についてはもう少し影響が大きそうだ。英国および欧州の保有資産の目減り、取引先銀行のリスク拡大、ドル円のスワップ・コストの上昇など様々な面で影響が生じるだろう。

‐ 英国への投資等保有資産の目減り 邦銀から英国への与信額については、欧州外では米国に次ぐ世界第二位の規模ではあるが、20兆円程度(最終的に英国のリスクとなっている与信の合計)と大きくはない(図表7)。

但し、欧州全体に飛び火した場合、インパクトは極めて大きくなる。16/3月末の残高は約85兆円(8,479億ドル、最終リスクベース)に上る。一時期は貸出を抑制していたが、この1年程度は、経済の安定化からやや増加傾向にあった(図表8)。

‐ 外貨調達コスト

邦銀の外貨調達の内訳をみると、顧客預金の割合は3分の1程度に留まり、残りは何等かの形で市場リスクにさらされている(図表9)。特に近年は、円をドルに転換する時のコストである「ベーシス・スワップ」が大幅に上昇、欧州危機に次ぐレベルとなっている(図表10)。

欧州危機の頃に比べて、海外の貸出は、リーマンショックの頃から7割程度増加している(図表11)。預金も増加してはいるが、運用目的で邦銀に預けている金額も多い模様で、これらは逃げ足が早い資金である。中央銀行の資金供給があるため資金がショートするようなリスクは殆どないが、ドル調達コストが上昇すれば、利益への影響は過去の危機時よりはるかに大きくなる可能性がある。

なお、6月28日に行われた日銀の米ドル資金供給オペレーションでは、14.75億ドルが落札された。昨年6月末の5.2億ドルから急増しており、銀行の安定資金調達ニーズの強さが伺われる。

- 英国から欧州大陸への拠点のシフト シングル・パスポートの喪失で、特に英国が支店ではなく現地法人となっているSMFG等では、EU域内の大陸欧州に移すことを検討する必要が出るだろう。大きな影響ではないが、新たな拠点の整備等相応の作業やコストが生じると思われる。

なお、英国は2014年に、Fintech産業を国として支援すると宣言し、革新的な金融企業を後押しする体制を整えていたが、今後の政治的な動きでどのような影響が出るのかも注目される。

【政治的影響】

金融への影響と並ぶ「三次的影響」が、保護主義的な動きの拡大である。6月26日に出直し総選挙が行われたスペインでは、保守派が勢力を拡大し市場をある程度落ち着かせた。しかし、スコットランドでは24日、スタージョン首相が、EUに残留し英国から独立することを再度問う住民投票の準備を示唆した。

更に、2017年は、オランダ、フランス、ドイツなどの大国の選挙が目白押しである。今年から来年にかけてのこうした選挙・投票関係のある国はEUのGDPや金融システム全体の8割前後に上る(図表12)。それぞれの政治イベントで徐々にEUからの離脱派が勢力を増していくと、(まだ可能性が低いが)EU自体の在り方が問われるようになるだろう。

なお、金融システムの課題が大きいイタリアについては、当面選挙は予定されていない。7月1日から、少数派を排除しやすくするような選挙制度改革が実施されるため、政権はどちらかと言えば安定化に向かうとみられている。しかし、中長期的には、6月19日に地方選で勝利した新勢力「5つ星運動」が一層力をつけ、EUからの金融面での束縛や景気の鈍化などを問題視し始めた場合、反EUの動きへと発展する可能性もあるだろう。

まとめ: BREXITの一次~二次的影響については、ほぼ想定通りに推移している。しかしここから先の三次的影響、即ち、金融ルート、政治ルートの波及については読みにくい部分が多い。日本については、"とばっちり"を受けているという面が大きいものの、方向性がはっきりするまでは、金融機関への投資は、債券、株式投資ともに慎重スタンスで臨みたい。