私は「新聞は総ルビにすべし」と思っています。理由は後で述べるとして、ルビはRUBYであることを今日知りました。日本の明治時代の頃のイギリスでは、いくつか違う活字の大きさを宝石の名前を付けて呼んでいたそうで、小さい順にダイヤモンド、パール、ルビー、エメラルドとあり、そこからふりがな用の小さな活字をルビー、即ち「ルビ」と呼ぶようになったとのことです。久し振りに「へぇ〜」と思いました。
さて本題に戻ります。インターネットの繁栄と共に、活字文化・活字メディアの衰退が叫ばれていますが、私は活字は好きな方です。新聞などは記事の置かれている面数、位置、見出しの大きさ、見出しが寝ているか起きているかなどで、テキスト情報に加えて、作り手が意識しているその記事の重要性などの付加情報が掴めるので、インテリジェンスを構築する際の大切な情報源だと考えています。
ところが読み手が減れば、結局いずれはそこに投入される投資・人材が減少し、情報源としての価値は下がっていくでしょう。これは惜しいことです。ではどうすれば読み手を減らさずに済むか?これは長期的に考えると、「将来の読み手」をきちんと育成していくべきだと思うのです。子供はマンガが大好きです。マンガは基本的に総ルビです。私も総ルビの本や、かつてはルビの振られていた新聞を読んで、色々な知識を吸収し、様々なことに興味を持ちました。そういう「未来育成」を、もっとすべきではないでしょうか?新聞に限らず、世の中にルビが溢れて、宝石のように未来を輝かせることになるといいですね。