クリントン・グローバル・イニシアチブの2日目が終わりました。初日の印象は正しかったようで、やはり議論の質・バランスなどに大きな改善が見られ、発足2年目にして一流の国際会議になった感がありました。クリントン恐るべしと云ったところでしょうか。あくまでもステレオタイプで乱暴な議論であることを了承願いたいのですが、アメリカ人は自分中心でお節介なところがあります。悪気はないのですが、自分たちの考え方が世界を代表していると考えがちです。あまりにも大きな国なので、生まれながらの国際感覚に乏しいのでしょう。

しかし同時に、生まれながらに恵まれた国で育っているので、「与える」ことに積極的です。そうしないと、気持ちの中でのバランスが取りにくいのかも知れません。それが、国際社会の論調に必ずしも丁寧に耳を傾けなかったりする一方で、貧困国などでのボランティア活動や寄附的行為を増やしているのかも知れません。

よく聞き、よく議論はするが、或る意味で相手を尊重し、金や体を出さないヨーロッパ。議論の場は持つがあまり聞かずに口を出し、或る意味では一方的ではあるが、しかし金や体も出すアメリカ。議論はせず、金を出す日本。まぁそんな大雑把な違いがあるかも知れません。そしてその違いからか、国際会議では日本人を見つけることが本当に難しいのです。最近の度を超した、「国際会議での日本人不在」が、少々真剣に心配になってきました。明日はこの会議には出ず、金融界の面々とのミーティングに戻りたいと思います。