戦争が起きると、株価にどのような影響があるでしょうか?
下落するという人がいれば、いざ始まってしまえば逆に上昇するという人もいます。短期的な値動きや銘柄毎の上下は、様々な個別事情や思惑が強く影響するので一概には言えません。しかし中長期的に考える時に重要なポイントはコンフィデンス(信頼)の問題です。何故ならコンフィデンスの水準によってマルティプルが大きく上下するからです。
株価はよくPER(株価収益倍率)で評価されます。これは単純に言うと、時価総額が企業収益の何倍かという数字です。要はその会社の年間利益とその利益を何年間続けられるかを掛け合わせることによって、その会社の価値(時価総額)を導きだす訳です。そしてその時価総額を発行済み株式総数で割ったものが株価です。今年の年間利益は簡単に調べられます。来年の年間利益もある程度予想がつきます。厄介なのはそれが何年間続けられるかという“読み”です。これが即ちマルティプルであり、PERと同じ数字です。企業活動や社会の経済活動が、来年も、再来年も続いていくことを信じられることがマルティプルの大前提です。これは中央分離帯のない道でも、反対車線の車がまっすぐ運転するだろう、こっちには飛び込んでこないだろう、と信じられるから運転できるのと同じで、信義則の問題と一緒です。古代の経済にはマルティプルがありませんでした。相手を信じないで物々交換でのみ経済は成り立っていた訳です。それが貨幣経済に移り、更に分業が進み、人々は相手を信じ、与信までするようになりました。将来の利益を信じて、未だ利益の出ていない会社にお金を貸すようにもなりました。これらは全て「コンフィデンス」、相手を信じるところからきています。
9・11以来、このコンフィデンスにひびが入りました。9・11以来、世界の企業収益は左程変わっていませんが、世界の株価はどこも大きく下げてきました。何故ならコンフィデンスが崩れ、その結果マルティプルが下がったからです。イラク情勢は、世界のコンフィデンスを更にまた揺るがしています。イラクに於ける戦争は短期に終わる可能性が高いと思います。問題は、その後です。国際社会のコンフィデンスを取り戻し、更に強めて行くような方向性を確認できるか。或いは不協和音が更に高まっていく方向が見えてきてしまうか。戦争をするかしないかという議論は勿論重要です。しかしその議論の為に、各国間、特に大国間でお互いに誹謗し、世界のコンフィデンスを落としてはいけません。9・11から始まったこの戦争は、自由主義経済圏のコンフィデンスに対する挑戦であると思われるからです。
- 松本 大
- マネックスグループ株式会社 取締役会議長 兼 代表執行役会長、マネックス証券 ファウンダー
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ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社を経て、ゴールドマン・サックス証券会社に勤務。1994年、30歳で当時同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。1999年、ソニー株式会社との共同出資で株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)を設立。2004年にはマネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社(現マネックスグループ株式会社)を設立し、以来2023年6月までCEOを務め、現在代表執行役会長。株式会社東京証券取引所の社外取締役を2008年から2013年まで務めたほか、数社の上場企業の社外取締役を歴任。現在、米マスターカードの社外取締役、Human Rights Watchの国際理事会副会長、国際文化会館の評議員も務める。