協調介入から約2ヶ月で円安値更新となった1998年

前回の円安阻止を目的とした日米協調介入は、1998年6月17日に行われた。これを受けて、米ドル/円は協調介入前の高値、146円台から一時133円台まで、最大で約9%の下落となった。ただ協調介入を受けた米ドル安・円高は3営業日目で早々と一巡、協調介入から約2週間後には143円台まで米ドル高・円安に戻すところとなった(図表参照)。

【図表】米ドル/円の推移(1995~1999年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

そして、その後はしばらくもみ合う展開が続いたものの、改めて米ドル高・円安が再燃すると、協調介入から約2ヶ月が過ぎた8月中旬、米ドル/円は協調介入前の高値を更新した。

協調介入でも止まらなかった円安を止めたのは米ドルの「自滅」

今回の日米協調介入は7月31日に行われたとみられている。これを受けて米ドル/円は協調介入前の高値、163円台から一時155円台まで、最大で約5%の下落となった。ただ今回も、米ドル安・円高は協調介入から2営業日目で早々と一巡し、そして約2週間過ぎた先週(8月10日週)は159円台まで、つまり協調介入で下落した分のほぼ「半値戻し」まで反発した。

今回の協調介入について、これまでのところ円高へ反転させる効果が小さいとの指摘は多い。ただそれは今回に限ったことではなく、前回1998年に行われた日米協調円買い介入の場合も同様だった。1998年のケースでも、日米協調介入が円安に終止符を打ったわけではなかった。

結果的には、1998年の場合、日米協調介入が行われた水準を小幅に更新したところで円安は終了し、間もなく円高への急転換が起こった。日米協調介入でも止まらなかった円安を円高へ急転換させたのは、米ドルの「自滅」だったのである。

円安終了後に起こった急激な円高をもたらしたものとは?

1998年8月、ロシアは自国通貨のルーブルの切り下げを突然発表した。これを受けてある大手ヘッジファンドに巨額の損失が発生した。その後、このヘッジファンドの名前にちなみ、この出来事は「LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)ショック」と呼ばれるようになった。これをきっかけに米国株が急落、金融市場の混乱を沈静化させるべくFRB(米連邦準備制度理事会)は緊急利下げに動いた。

日米協調介入でも止まらなかった米ドル高・円安は、この米国株急落、FRB緊急利下げなどをきっかけに米ドル安・円高へ急転換した。この相場の潮目の急な変化の中では、頭の切り替えができないケースも起こり得る。

米ドル安・円高が始まってから2ヶ月近く過ぎた頃、「ある大手のヘッジファンドが巨額の含み損が発生している米ドル買い・円売りポジションを抱えたままのようだ」との噂が広がった。このポジションの損切りが行われたら、米ドル/円は底が抜けたようになりかねない。その懸念から、10月上旬、米ドル/円はほんの数日で130円台半ばから110円割れ近くまで最大で約25円もの大暴落となったのだった。

1998年と今回に共通している圧倒的に優勢な円安予想

円安阻止を目的とした日米協調介入という点では、1998年と今回は同じだが、1998年の米国の対応は、あくまで一度きりの「お付き合い」という印象が強かったのに対し、今回は円安阻止に向けて、より強い日米連携となっている印象がある。

そして1998年と今回に共通しているのは、円安予想が圧倒的に優勢だということではないか。何かのきっかけで予想以上の円高が起こった場合、頭の切り替えが間に合わないことが、1998年のような急激な円高をもたらす可能性はあるのではないか。