毎週このコラムでは、先週のマーケットで起きたことや、今後の見通しについてお話ししているのですが、あえて今回は先週のマーケットの動きについては触れず、「悲観論者は投資の機会を見逃し、楽観論者こそ長い目で見れば勝者になる」という話をしてみたいと思います。
今回のように予期せぬ事態をきっかけにマーケットが下落し始めると、投資家はいつも同じ悩みを抱え始めます。今起きている株価の下落は、新たな暴落の始まりなのか。それとも、恐怖が行き過ぎた結果として生まれた好機なのか。多くの投資家は、おそらく状況はここからさらに悪化していくのではないか、と感じているはずです。
もっともらしい悲観論のなかにある「賢い買い場」
相場が下がっている最中に、そこをチャンスだと考えるのは簡単なことではありません。むしろ、今はまだ買うべきではない、もう少し様子を見るべきだ、と考えるのが自然な反応です。ただ、振り返ってみると、投資の世界ではまさにその「自然な反応」が、最良の機会を取り逃がす原因になってきたこともまた事実です。
2025年4月、トランプ米大統領が「解放の日」の関税を発表し、世界中の投資家が大きな衝撃を受けたことを覚えている方も多いでしょう。あのとき株価は大きく下落し、マーケットには一気に悲観論が広がりました。しかし、振り返ってみれば、あの局面でのS&P500やナスダック100は、極めて賢い買い場でした。
では、今回の戦争に絡む株価下落も同じように考えてよいのでしょうか。それとも、今回は似ているようで本質的には違うのでしょうか。
今の戦況を見れば、ここからさらに状況が悪化していく、だから株価はもっと下がる。おそらく多くの方が、そう受け止めているのではないでしょうか。実際、こうした局面では、悲観論者の発言の方が目先には賢く、現実的に聞こえるものです。
僕のようなそれを否定する楽観的な見方は、場合によっては無責任にすら映るかもしれません。もっとも、僕自身マーケットだけでなく、人生そのものをも前向きに捉える性分のオポチュニストであるので仕方がないのかもしれませんが。
皆が身をすくめる局面で「投資の果実」を手にするには?歴史が証明する米国株の動き
ただ、僕がマーケットを楽観的にみているのは、マーケットの見方についての意見を求められる金融の専門家としてではなく、自分自身も長いあいだ米国株に実際に投資してきた一人の投資家としても、そう思うのです。
実際、恐怖指数が急上昇し、投資家が一斉に身を縮めているような局面では、クオリティの高いグロース銘柄の株を少しずつ買い進めることが、後になって大きな差を生むことが少なくありません。忘れてはならないのは、長い目で見れば、最終的に投資の果実を手にするのは楽観論者であることが多い、という事実です。
少なくとも米国株について言えば、歴史は何度もそれを示してきました。2025年のトランプ関税で大きく下落したS&P500が2026年1月末にも史上最高値を更新したのも偶然ではありません。
先週(3月23日週)の米国マーケットで象徴的だったのは、過去最高水準のプット(売る権利)の買いが見られたということです。これは、火事の後に慌てて保険を買うようなものです。本来、恐怖がピークに達した瞬間は、防御するための保険を高値で買う局面ではなく、優良資産を安く拾い始める局面かもしれないと思ったのです。
1939年以降の主要な地政学イベントを振り返ると、市場は往々にして事件発生から15~20営業日ほどで底打ちし、戦闘そのものが終わる前に先に反転してきました。もちろん、完璧な底を当てることは誰にもできません。それでも、マーケットが下落しているときに少しずつ買っていく姿勢は、6ヶ月から9ヶ月後に振り返ったとき、十分に報われる可能性があります。
恐怖が株価に織り込まれる一方で上向く企業業績、1年後のリターンを分けるものとは?
では、なぜ今回もそう考えてよいのか。理由は単純で、恐怖が先に株価に織り込まれる一方で、経済や企業業績の土台がすぐに崩れているわけではないからです。確かに、消費者心理には陰りが見え始めています。
しかし、一方で企業業績の見通しはむしろ上向いています。先週(3月23日週)末時点における2026年第1四半期の利益成長率予想は12.4%でした。今回の戦争が始まる前、2月末時点の予想が10.9%だったことを考えると、この数週間で企業業績見通しはむしろ上方修正されていることになります。
そうだとすれば、今マーケットが織り込んでいるのは、ファンダメンタルズの急速な悪化というより、投資家心理の悪化が先行していると考えられます。
要するに、大切なのは「どこが底か」を当てることではありません。長期投資家として、恐怖に怯えるだけなのか、それとも不安の中でも少しずつ前に出るのか。そのスタンスの違いが、次の半年、1年間後のリターンを分けるのだと思います。
