どこかに何かがあるのが見えても、それは目がそこまで伸びている訳ではなくて、網膜に映った映像を神経が感じています。遠くに見えても、実際に見えているのは目の中です。音楽もそうです。結局全てのものは、「自分」という媒体に映して、初めて認知されます。そう考えると「自分」次第で全てのことが違って感じられ得るということになります。
モンテーニュは「幸せはあなたの心の中にある」と書きましたが、万物の霊長としてもっとも優秀な知性を持ったヒトが、動物よりも不幸だったら確かに知性の使い方を間違っているのでしょう。「感じる」というと、あくまでも事実が先にありきで受け身でそれを表しているように聞こえますが、本当は全て能動的に決めているのかも知れません。なんか禅問答のようですが、こんなことをふと考える時もあります。