2017年5月9日午前11時25分ごろ、Coincheckのシステムが、相場と大きく乖離した価格でビットコインをはじめとする仮想通貨の売買が成立する障害を起こしました。当時ビットコイン価格は1BTC=20万円前後で推移していたにもかかわらず、相場の約5倍となる100万円前後で売買が成立してしまうエラーです。
目の前で起きているシステムエラーに驚き、戸惑いました。しかし、悩んでいる時間はありません。今この瞬間にも取引は成立し続けている。即座に意思決定を下さなければなりません。
私たちには、2つの選択肢がありました。
一つは、約定済みの価格をすべて正とみなし、そのまま取引を継続すること。これは、ユーザー間の取引機会均等の原則に反します。相場から乖離した価格での約定が含まれており、発生する損失は当社がすべて補填することになります。
もう一つは、すべてのサービスを即時停止し、障害発生中の取引をロールバックすること。これであればユーザー間の公平性は保たれます。当社に損失は出ませんが、「取引の巻き戻し」に対してお客様からの厳しいご意見が生じることが予想されました。
私たちは熟慮の末、お客様の取引機会の公平性を重視する判断を下しました。異常な価格で約定された取引について、2017年5月9日午前11時25分の状態へと巻き戻すという決断を下しました。しかし、この難しい意思決定をした後が、私たちが向き合うべき事態の始まりでした。オフィスにはお客様からの電話とメールが殺到し、対応チームは一気に混乱に包まれました。中には、数十人単位で直接オフィスに来訪されるお客様もいました。
この騒動はすぐにメディアにも伝わり、オフィスの外には報道各社のテレビカメラが並びました。その様子がニュースとして報じられる中、社員全員で連日早朝から深夜まで対応を続けました。当時のオフィスは、恵比寿にある築30年以上の古いビルでした。ビルの入口から受付までは鍵もなく、誰でも自由に出入りができたため、社員が執務室を出た瞬間にオフィスに来訪されていたお客様と鉢合わせになるような状況もありました。
そうした場面では、私と法務部長、CS(カスタマーサポート)部長が説明と謝罪を繰り返しました。
お客様と対面で向き合う中で、私はあることに気づかされました。私たちを厳しく追及するお客様の多くは、Coincheckを黎明期から応援してくださっていた方々だったのです。期待していたからこそ、信頼していたからこそ、その裏切られた思いが厳しい追及となって表れていた。それは、Coincheckへの深い好意の裏返しでした。
強い温度感で意見を伝えてくださったお客様の多くは、私たちが正面から向き合い、ご意見を聞き、説明を尽くすことで、次第に落ち着きを取り戻してくださいました。「わかってくれればいいんだよ」──そう言ってくださった方も少なくありませんでした。
インターネットサービスを運営していると、ともすればお客様の顔が見えなくなってしまうことが起き得ます。しかし、画面の向こうには、私たちに期待し、信頼を寄せてくれている「人」が確かに存在しています。そのことを、このシステム障害で私は強く心に刻みました。
- 大塚 雄介
- コインチェック株式会社 執行役員CBDO
-
早稲田大学大学院修了、物理学修士号取得。株式会社ネクスウェイでB2B向けITソリューションの営業・事業戦略・開発設計を担当。レジュプレス株式会社に参画(2017年4月よりコインチェック株式会社に社名変更)。2014年2月に取締役に就任。2018年4月にコインチェック株式会社がマネックスグループ株式会社の子会社となると同時に執行役員に就任し、マーケティング・事業開発などを統括。2021年4月執行役員を経て、2023年9月より執行役員web3Cloud事業本部長。組込型の暗号資産購入サービス「Coincheck OnRamp」をはじめとするweb3Cloud事業を管掌。2024年9月より執行役員CBDOに就任。 *CBDO(Chief Business Development Officer):最高事業開発責任者