4月「米国売り」で対日姿勢が変化か
ベッセント財務長官が米ドル安・円高を容認する発言を行った4月9日は、トランプ政権からもう1つ、より重要な政策が発表された日でもあった。それは1週間前に発表された相互関税の一部について90日間の発動停止という発表だった。これを受けて、「関税ショック」とされた世界的な株価暴落は急反転し、米ドル/円も143円台から148円台へ急反発した。
ただし、米ドル反発はつかの間、「かりそめ」の動きに過ぎなかった。米ドル/円は翌4月10日に再び144円割れ寸前まで急落すると、その後も一段と米ドル安・円高が広がることとなった。
相互関税の発動の一時停止は、まさにベッセント財務長官などのアドバイスを受けた結果と見られた。相互関税発表をきっかけに広がった「関税ショック」では、本来的には「安全資産」とされる米国債も売られ、株、債券、通貨の米国「トリプル安」の様相となった(図表1参照)。まさに「米国売り」であり、それは3月までとは大いに異なる事態であった。

「米ドル危機」回避に軸足を移したベッセント財務長官
この頃のベッセント財務長官の心理状態について、ベッセント財務長官に近いとされるあるアナリストは、日本のジャーナリストからの質問に対する回答で以下のように述べていた。
「ベッセントの中国との通商話は、米国売りへの口先介入です。(略)このままだと、米債・ドル危機になる可能性があるため、その対応です」。
ベッセント財務長官は、「関税ショック」が「米国売り」をもたらしたことで、それがさらに「米ドル危機」になりかねないことへ意識が大きく変わり始めていたということだろう。そうした中で4月25日、初の対面での日米財務相会談が行われた。これについて日本の財務省は、「米国から通貨目標を求められるようなことはなかった」と説明した。
この会合の前日の米ドル/円終値は142円台だった。1月の158円からはかなり米ドル安・円高となっており、その意味では非関税障壁の円安の是正は一定程度、進捗していた。そして「米ドル危機」懸念も出てきた中でのさらなる円高要請は、むしろコントロール不能の米ドル安をもたらしかねない、そうした配慮もあったのではないか。ただし、「米国売り」懸念の浮上により、非関税障壁の通貨安に対してベッセント財務長官などが全て寛容になったわけではなかったようだ。
通貨安是正不十分の台湾、韓国への圧力は変わらず
5月5日、台湾ドルが米ドルに対して急騰した。それはイタリア・ミラノで開かれていたアジア開発銀行年次総会に並行して行われた米国との関税交渉で、通貨安是正が要求されたとの噂がきっかけだった。また、似たような噂を受けて、その後韓国ウォンも急騰した。関税交渉では米国から韓国に対して、為替介入情報開示の強化も要請されたとの噂もあった。
日本と台湾、韓国との分かりやすい違いは、自国通貨の米ドルに対する上昇率だった。2025年に入り4月までの対米ドル最大上昇率は円が1割を大きく上回ったのに対し、台湾ドルと韓国ウォンは5%未満にとどまっていた(図表2参照)。

4月に「米国売り」となり、米ドル急落が拡大した局面でも、台湾ドルや韓国ウォンの上昇は限られたものに過ぎなかった。これに対して、米国は非関税障壁の通貨安是正が未だ不十分であることに加え、為替介入により通貨高阻止し、通貨安誘導に動いた可能性も疑ったのではないか。
非関税障壁の通貨安に不寛容変わらず=円安も150円容認せず
以上のことから、「米ドル危機」に対しては、最近の円高のように放っておいても貿易相手国の通貨が上昇しそうな場合、それに対して無理に圧力をかけることはないものの、それ以外では貿易相手国の通貨安に不寛容なトランプ政権の姿勢は何も変わっていないようだ。日本の場合、150円を超えて円安が進むようなら、「米国売り」状況次第ながらも、とたんに円安是正要求が強まる可能性もあるのではないか。