文化は余剰の部分に育つものでしょうか、それとも基本的な部分に棲んでいるものでしょうか?これはいろいろなアスペクトで論じることができます。貴族の食べ物と庶民の食べ物、どちらがよりその国の文化を現しているか?高級な日本画と漫画、どちらがより日本的か?窮地に立った時の性格と、普段の余裕のある時の性格が、どちらがよりその人の性格を現しているかということとも、もしかしたら共通した論点なのかも知れません。私はやはり、より多くの人が好んでいるもの、より多い時間に亘って発現しているものの方が、より本質を現しているのではないかと思います。それはやはりそのようなものの方が、変化させることが難しいからです。慣性モーメントが大きいとでも言いましょうか。この慣性を変えていくものが何なのかということを考えると面白いのですが、また次回にしたいと思います。