大暴落は思ったほど稀ではない
マネックス証券インベストメント・ストラテジーズ兼マネックス・ユニバーシティ・シニアフェロー - どうでもいいが長い肩書だ - の塚本憲弘は、8/5の日経平均株価の下落率マイナス12.4%について1970年以降の日々の騰落率から統計的な発生確率を計算すると4.6×10-22(0.000000000000000000046%)となり、また翌日の反発プラス10.23%は確率1.8×10-15であり、ともにほぼ起こりえない事象だと書いている(2024年8月19日付『ポートフォリオのすすめ』)。まさに天文学的確率でしか起こりえない変動率である。しかし、彼自身も述べている通り、計算上、何万年に1回しか起こらないというような株価変動は、実は頻繁に起きている。
「100年に一度の危機」と呼ばれたリーマンショック。発生から半年ほど経ったある日、ゴールドマン・サックスの最高財務責任者(CFO)のデイヴィッド・ビニアが上院行政監察小委員会で証言に立った。その小委員会は、金融危機におけるゴールドマン・サックスの役割について調査していた。ゴールドマン・サックスは、一般的なリスクの評価については完璧に責任を果たしており、単にきわめて異常なショックに見舞われただけだというのが、ビニアの主張だった。自分たちは不運きわまりなかった、というのだ。ビニアは、最悪の日々の混乱を振り返って、「私たちは何日か続けて、25標準偏差に相当する価格変動が起こったことに気づいていました」と発言した。これはおそらく、アメリカの歴史上、連邦議会の委員会での発言としては最も馬鹿げたものだろう。
ビニアが計算などしていなかったのは明らかだった。正規分布曲線では、中心から8標準偏差に相当する事象ですら、その発生確率は宇宙の一生の間に一回程度しかない。25標準偏差となると、10の135乗年(1の後に0が135個続く数だ)に一回という確率になる。これは当選確率が100万分の1の宝くじに23回連続で当たる確率と同じだ。そんな事象が三日連続で起こったというビニアの愚かな主張に対する反響は大きかったが、その一つが、オスカー・ワイルドの有名な一節をもじった、次のようなものだ。「25標準偏差の事象を一回経験するのなら不運だと言えるが、二 回以上経験するというのは、よほど不注意なのだろう」
以上は、マーク・ブキャナン著『市場は物理法則で動く 経済学は物理学によってどう生まれ変わるのか』という書籍からの引用である。
「正規分布曲線では、中心から8標準偏差に相当する事象ですら、その発生確率は宇宙の一生の間に一回程度しかない」という。前段の8/5の日経平均株価の下落率マイナス12.4%は塚本の計算によれば平均から9.6標準偏差離れているから、やはり宇宙の一生の間に一回程度しかない。われわれはリーマンショックから20年も経たないうちに、宇宙の一生の間に一回程度しかない株価変動を2回(いや確実にそれ以上)も経験したことになる。
予知はできない、備えるのみ
今週、出演したモーサテの「経済視点」には、こう書いた。
「株式相場で急落が起きると、よく何万年に1回だとか未曽有の大暴落みたいなことを言われますけど実は結構頻繁に起きてますよね。金融の世界では株価の変動って正規分布に従うっていう仮定になってるんで、正規分布って平均の周りにすごく集まっていてそういう大異常な暴落みたいな事象って中心からすごく離れて何シグマ(標準偏差)なんていうこと言うんですけど、だから滅多に起きないということになっちゃうんですが、実はその分布の捉え方が間違っていて、株価の変動って実は地震の発生の確率の分布 ‐ グーテンベルグ=リヒター則って言うんですけど ‐ に近いという説があります。」
「地震も、前震があって本震があって余震が続く。今回の大暴落はブラックマンデーになぞらえること多いんですけど、ブラックマンデーも実は前にそれまで最大の下げ幅が来てその2日後に108ドルってまた最大のが来て、それで週明けたら500ドルの大暴落でブラックマンデーとなった。今回も同じじゃないですか 8月1日に日経平均1000円クラスの下げがあって、で金曜日に2200円下げて。その時点でね、本当はおかしいと思わなきゃいけないんですけれども。それで週明け月曜日に4500円安ですから。前震があって本震が来る。地震と同じなんですね」
今度の日曜日、9月1日は防災の日である。地震はいつ来るか予知はできない。株価の大暴落も同じでピンポイントの予知は、やはり不可能だ。われわれにできるのは、「大きな揺れがいつやってきてもおかしくない」という覚悟を常に持ち続け、可能な限りの準備をすることだけである。
むろん、株価の急落、地震だけでなく台風などの災害への備えも抜かりなく。