マサチューセッツ州は、バイオテクノロジーやライフサイエンスなどの産業集積地として世界的に知られています。ボストンとその近郊にはマサチューセッツ工科大学やハーバード大学など世界でも最高峰に位置する難関大学があり、バイオテクノロジーやライフサイエンスの分野の優秀な人材が豊富です。先端医療分野の研究開発機能が集中するのは自然な流れで、豊富な人材が産業クラスターの形成に一役買っているようです。
医療機器大手メーカーの一角もマサチューセッツ州に拠点を置いています。医薬品やバイオ産業の集積地だけに医療機器や消耗品を開発・生産するメーカーにも商機がありそうです。
サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック[TMO]は、2006年にサーモ・エレクトロンとフィッシャー・サイエンティフィックが合併して誕生しましたが、このうちサーモ・エレクトロンはマサチューセッツ工科大学の卒業生とハーバード・ビジネススクールの卒業生が1956年に共同で創業しています。現在の本社はボストン郊外のマサチューセッツ州ウォルサムにあります。
ボストン・サイエンティフィック[BSX]もマサチューセッツ州で誕生しました。ウオータータウンという町で創業し、現在は州内のマールボロに本社を置いています。
一方、五大湖周辺は今でこそラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれていますが、古くから工業が発達した地域で、複数の医療機器の大手メーカーが誕生しています。今回ご紹介するアボット・ラボラトリーズ[ABT]はイリノイ州シカゴが創業の地で、メドトロニック[MDT]はミネソタ州ミネアポリスで誕生しています。また、ストライカー[SYK]は、シカゴとデトロイトのほぼ中間に位置するミシガン州カラマズーで1941年に創業しました。
医療機器銘柄5選
マサチューセッツ州にゆかりのあるサーモ・フィッシャー・サイエンティフィック、そしてボストン・サイエンティフィックを取り上げます。その後に五大湖周辺で誕生した3社をご紹介します。
サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック[TMO]、M&Aで業容を拡大
サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックは、バイオテクノロジーや医療分野の研究開発に使う機器類や消耗品のサプライヤーです。医薬品メーカーやバイオテック企業、検査センター、病院、大学、研究機関、政府機関などが主要顧客です。
売上高の過半数を占める、研究所用製品&バイオ医薬品サービス部門
事業は4つのセグメントで構成されており、売上高の規模が最も大きいのが研究所用製品&バイオ医薬品サービス部門です。2023年12月期の売上高は前年比2.4%増の230億4100万ドル、部門利益は16.9%増の33億5800万ドルで、全体に対する割合はそれぞれ51.6%、34.2%です。
この部門では、基本的に生命科学や新薬発見、病気治療などの研究を手掛ける研究所が必要とする多様な製品を提供します。自社生産の製品や外部製造委託の自社ブランド製品だけでなく、他社ブランドの製品も仕入れて販売します。消耗品、装置類、化学品などが対象となります。
また、医薬品サービスでは低分子と高分子の医薬品分野を対象に、開発や臨床試験、製造など広範なサービスを提供します。臨床リサーチでは、すべての段階の臨床試験や承認手続き、会場と患者へのアクセスなどに加え、分析サービスも手掛けます。
生命科学ソリューション部門は、パンデミック対策以降は反動で減収減益
生命科学ソリューション部門は医薬品やバイオテクノロジー、農業、医療、学会、政府機関といった分野の顧客を対象に、生命科学・医療研究、新薬やワクチンの発見・開発、感染症や疾病の診断などで利用する試薬、装置類、消耗品を提供しています。2023年12月期の売上高は前年比26.3%減の99億7700万ドル、部門利益は38.7%減の34億2000万ドルで、全体に対する割合はそれぞれ22.3%、34.9%です。
新型コロナウイルスの流行時にはパンデミック対策に取り組む製薬会社などの需要増で、生命科学ソリューション部門の売上高と利益が急増しました。需要増の反動は大きく、2023年12月期で2桁の減収減益となっています。
この部門はバイオ科学、遺伝子科学、バイオプロダクションに細分化されています。バイオ科学では分子生物学やタンパク質生物学、新薬発見などの領域で研究を手掛ける顧客に試薬、装置類、消耗品を販売します。遺伝子科学とバイオプロダクションでも顧客のニーズに見合った製品を提供しています。
分析部門、2023年12月期の売上高は前年比9.6%増
分析装置部門では、医薬品やバイオテクノロジー、農業、医療、学会、政府機関といった分野の顧客を対象に、多様な分析装置と関連の消耗品、ソフトウエア、サービスを提供します。2023年12月期の売上高は前年比9.6%増の72億6300万ドル、部門利益が26.6%増の19億800万ドルで、全体に対する割合はそれぞれ16.3%、19.4%です。
特殊診断部門では、医療機関をはじめ、製薬会社や食品会社の研究施設に提供する診断キット、試薬、装置類、培養基などが主力製品です。2023年12月期の売上高は前年比7.5%減の72億6300万ドル、部門利益が9.8%増の11億2400万ドルで、全体に対する割合はそれぞれ9.9%、11.5%です。
積極的に事業拡張を実施
サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックは、基本的に顧客の要望に応じて製品やサービスを提供するため、対象の商品を生産できる企業を傘下に置くことは有効な事業拡張の手段です。企業統合・買収(M&A)を推し進めて業容を拡大しており、2023年も複数の買収案件を抱えるなどM&Aに余念がありません。
ボストン・サイエンティフィック[BSX]、医療外科と心血管が主力部門
ボストン・サイエンティフィックは、前述のようにマサチューセッツ州に本社を置く医療機器メーカーです。セグメントは医療外科と心血管の2部門に分かれています。
2023年12月期決算、医療外科部門の売上高は前年比10.4%増
医療外科部門は、内視鏡、泌尿器科、ニューロモデュレーションに細分化されます。内視鏡事業では出血部位の止血に使う内視鏡クリップや胆道ステント、内視鏡用のビデオスコープなどを開発しています。2023年にアポロ・エンドサージェリーを買収し、この分野を強化しています。
泌尿器科事業では、尿管用のステント、カテーテル、ガイドワイヤー、バルーンなどを提供します。ウレテロレノスコープ(尿管鏡)やレーザー治療装置、前立腺肥大症のレーザー治療装置などの開発も手掛けています。
ニューロモデュレーションは電気や磁気によって神経の働きを調整する治療法です。この分野では脊髄電気刺激装置、がん治療に使うジオ波焼灼療法(RFA)装置、腰部脊柱管狭窄症用の間接除圧装置、パーキンソン病の治療に使う脳深部刺激装置などを開発します。
2023年12月期決算では、医療外科部門の売上高が前年比10.4%増の54億2200万ドル、税引き前利益が23.2%増の17億9600万ドルでした。全体に占める割合はそれぞれ38.1%、44.6%に達しています。
心血管部門では、末梢血管インターベンション事業を強化
心血管部門は、心臓病と末梢血管インターベンションの各事業で構成されています。心臓病事業では心臓のインターベンション治療に使うカテーテルやバルーン、超音波イメージングシステム、冠動脈石灰化の治療に使うローターブレーター、経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI)に利用する大動脈弁などを提供します。
不整脈の治療に使うリズムデバイスでは植込み型除細動器(ICD)やペースメーカーなどを開発。エレクトロフィジオロジーと呼ばれる分野では、心房細動の治療に使うパルスフィールドアブレーション用の医療機器類、カテーテルと画像を組み合わせた3次元マッピングシステムを提供しています。
末梢血管インターベンション事業では、末梢動脈疾患や静脈疾患、がんなどの診断、治療、緩和措置に使う医療機器を開発しています。2023年1-3月期に香港上場のアコテック・サイエンティフィックの株式の過半数を買い取り、この分野の強化を進めました。
2023年12月期決算では、心血管部門の売上高が前年比12.6%増の88億1900万ドル、税引き前利益が27.9%増の22億3500万ドルでした。全体に占める割合はそれぞれ61.9%、55.4%に達しています。
アボット・ラボラトリーズ[ABT]、ペースメーカーに強み
医薬品や医療機器を開発するアボット・ラボラトリーズの源流はシカゴの薬局にあります。薬局を所有する医師のウォレス・アボット氏が1888年に30歳でアルカロイドの顆粒を生産し、アボット・ラボラトリーズの歴史の第一歩を踏み出しました。それから130年以上が経過し、アボット・ラボラトリーズはヘルスケア製品の世界的な大手に成長しています。
医療機器部門の売上高は、前年比14.1%増
アボット・ラボラトリーズは、現状で4つのセグメントに分かれており、最も売上高の規模が大きいのが医療機器部門です。
この部門では心臓疾患の治療に用いる機器が中心です。不整脈の治療に使うリズムデバイスでは体内に植込んで使用する心臓のペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)が主力製品です。エレクトロフィジオロジーと呼ばれる分野では、細い管を用いて不整脈の原因となる異常な回路や部位を焼灼するカテーテルアブレーション治療で使うカテーテルに加え、心臓の状態を把握するのに役立つ3 次元マッピングシステムを開発しています。
このほか心臓疾患の領域では、左室補助人工心臓、肺動脈センサー、心臓疾患モニタリングシステム、急性機械的循環補助システムなどを提供。心血管疾患の分野では、狭心症や心筋梗塞の治療に利用する薬剤溶出型冠動脈ステント、血管アクセス部の止血デバイス、冠動脈バルーン拡張用のカテーテルなどを販売しています。
2023年12月期決算では、医療機器部門の売上高が前年比14.1%増の168億8700万ドル、営業利益が19.6%増の53億600万ドルと2桁の増収増益でした。全体に占める割合はそれぞれ42.1%、51.6%に達しています。
診断製品部門では感染症に対応した検査キットを提供、2023年12月期は減収減益
診断製品部門では検査・モニタリング装置や試薬を開発しています。肝炎やHIV、性病、インフルエンザなどの感染症を対象に検査・モニタリングの工程を全自動で処理する遺伝子解析システムなどを製品化しています。
免疫測定や輸血適合性検査など幅広い分野に対応しつつ、がんや心臓疾患、代謝疾患、甲状腺疾患、不妊症、神経系疾患などのスクリーニングや診断に使う装置も開発。インフルエンザやHIV、肝炎、マラリア、デング熱などの感染症に対応した検査キットも提供しています。
2023年12月期決算の診断製品部門の売上高は前年比39.4%減の99億8800万ドル、営業利益が63.4%減の24億3300万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ24.9%、23.7%。同部門は新型コロナウイルスの流行で感染症診断の需要急増の恩恵を受けましたが、こうした要因が剥落したことで大幅な減収減益となりました。
栄養食品部門の売上高は9.3%増、医薬品部門の売上高は3.1%増
栄養食品部門は、乳児用の粉ミルクやフォローアップミルク、大人用のプロテイン、栄養機能食品などを開発しています。アルギニンやグルタミンを配合したアミノ酸飲料の「アバンド」、液体タイプの経腸栄養剤「エンシュア」、栄養機能食品の「プルモケア」「グルセルナ」などを販売します。
栄養食品部門の売上高は9.3%増の81億5400万ドル、営業利益が88.8%増の13億3300万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ20.3%、13.0%です。
医薬品部門は、消化器系、心血管・代謝系、婦人科系、中枢神経系、呼吸器系の疾患などの治療薬を開発しています。部門売上高は3.1%増の50億6600万ドル、営業利益は15.0%増の12億600万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ12.6%、11.7%です。
メドトロニック[MDT]、世界最大級の医療機器メーカー、心血管疾患の治療に使う医療機器に強み
メディカル(医療)とエレクトロニック(電子工学)という単語を組み合わせたメドトロニックは世界最大級の医療機器メーカーです。1949年に設立されており、2024年は創業75周年に当たります。
1957年に世界初の電池式ペースメーカーを開発した実績を持つだけに、今も心血管疾患の治療に使う医療機器に強みを持ちます。セグメントは心血管、神経科学、医療外科、糖尿病の4つです。
売上高の中心となる心血管部門
心血管部門はこの中で最も売上高が多く、2024年4月期決算の売上高は前年比2.7%増の118億3100万ドル、営業利益は1.1%減の44億7400万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ36.6%、37.3%です。
この部門は不静脈や心不全の診断、治療、管理に利用する心臓のペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法デバイス(CRT‐D)、さらに細い管を用いて不整脈の原因となる異常な回路や部位を焼灼するカテーテルアブレーション治療で使うカテーテルやマッピングシステムを提供する事業が主力です。
また、大動脈弁狭窄症の患者を対象とする経カテーテル大動脈弁置換術用デバイス、患者の動脈内に移植する特殊な人工血管(ステントグラフト)なども開発。狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患の治療に使う医療機器も提供しています。
多数の分野の治療に使う、医療機器・術中ナビゲーションシステムを開発
神経科学部門の対象になるのは、脳神経・脊椎疾患や筋骨格障害、神経血管疾患、急性虚血性脳卒中、耳鼻咽喉科の疾患、過活動膀胱、尿閉、本態性振戦、てんかん、ジストニアといった分野で、治療に使う医療機器や手術で利用する術中ナビゲーションシステムなどを開発しています。2024年4月期決算の売上高は前年比5.0%増の94億600万ドル、営業利益は6.1%増の39億4000万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ29.1%、32.9%です。
外科治療に使う製品の開発と販売や糖値モニタリングシステムなども提供
医療外科部門では、外科治療に使う製品の開発と販売を手掛けます。外科用ステープラーや血管シーリング機器、創傷閉鎖製品、ロボット支援手術システム、内視鏡モジュールなどの製品群を持ちます。2024年4月期決算の売上高は前年比5.4%増の84億1700万ドル、営業利益は4.0%増の31億7000万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ26.0%、26.5%です。
糖尿病部門では、患者が自らインスリンを注入するインスリンポンプや血糖値モニタリングシステムなどを提供します。2024年4月期決算の売上高は前年比10.0%増の24億8800万ドル、営業利益は2.9%増の3億9400万ドルで、全体に占める割合はそれぞれ7.7%、3.3%です。
ストライカー[SYK]、手術支援システムや内視鏡を開発
ストライカーは医療機器の大手です。主力部門は医療外科&脳神経技術、そして整形外科&脊椎治療に分かれています。医療外科&脳神経技術では、3D画像モニターとロボットアームを組み合わせた手術支援システム、内視鏡と通信システム、患者の緊急搬送に使うストレッチャー、整形外科用の使い捨て製品、急性虚血性脳卒中の低侵襲治療用製品、脳神経外科の治療で使う手術用の機器などの開発と製造を手掛けています。
医療外科&脳神経技術部門が売上高の過半数を占める
医療外科&脳神経技術部門は2023年12月期の売上高が前年比11.5%増の118億3600万ドル、営業利益が21.9%増の33億3600万ドルです。全体に占める割合はそれぞれ57.7%、58.2%です。この部門の中ではストレッチャーや整形外科用の使い捨て製品などのメディカル事業の売上高が34億5900万ドルで最も多く、内視鏡事業(30億3300万ドル)、手術支援システムなどの装置事業(25億6900万ドル)がこれに続きます。
整形外科領域の手術支援ロボットを開発
整形外科&脊椎治療部門では、人工関節などのインプラント製品を開発しています。外傷や四肢損傷の治療に使う製品をはじめ、股関節、膝、肩、脊椎などのインプラント製品が主力です。
また、整形外科領域の手術支援ロボット「Makoシステム」も開発しています。このシステムではコンピューター断層(CT)撮影画像をベースに手術の計画を策定し、ロボットアームを使って人工関節手術を支援します。
整形外科&脊椎治療部門は2023年12月期の売上高が前年比10.5%増の86億6200万ドル、営業利益が4.5%増の23億9900万ドルです。全体に占める割合はそれぞれ42.3%、41.8%です。