「最悪の円安」1998年と今回の円安の違い

日本の通貨当局が円安阻止に苦労している。これは金利差などのファンダメンタルズに沿った円安なので、そもそも止められないという指摘も多いようだが、それは正確ではないだろう。日米金利差円劣位は、最近はむしろ2023年までのピークを下回っている。その意味では、最近にかけては金利差からかい離した円安だ(図表1参照)。

【図表1】米ドル/円と日米10年債利回り差(2022年1月~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券作成

ただし、金利差円劣位が2023年までのピークを下回っているとはいえ、絶対的に大幅であることには変わりない。それは円売りには圧倒的に有利だ。そうした状況が長期化する中で投機筋の円売りが過去最大規模に拡大してきた(図表2参照)。

【図表2】CFTC統計の投機筋の円ポジションと日米政策金利差(2005年~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券作成

通貨政策の実質的な責任者である神田財務官は、「余りに投機的な動き」として最近の円安への批判を強めている。通貨当局も都合が悪いと投機のせいにしているのではないかと感じるかもしれないが、少なくともこれまで見てきたことからすると、今回の場合はそうではないだろう。

投機的円売り急拡大の背景にある絶対的に大幅な金利差拡大をもたらしたのは、黒田前日銀総裁が主導した異次元緩和と思われる。その意味では、現在の円安は異次元緩和の副作用ということになる。副作用の円安が2024年に入ってから一気にクローズアップされるようになったのは、米利下げが遅れるとの見方から、大幅な金利差円劣位がさらに長引く見通しになっていることが大きいだろう。

大幅な金利差円劣位が大きく縮小に向かうためには、米国の連続利下げが始まる見通しが出てくることが必要だろう。では、それまで圧倒的に有利な円売りの拡大は続き、160円を超えて円安はまだまだ続くことになるのか。それに何とか歯止めをかけようとしているのが、先週からの日本の通貨当局による円買い介入ということになる。

1998年の円安

過去において、日本政府が最も円安への懸念を強めたのは、1998年にかけて展開した円安局面だったのではないか。当時は、1997年後半から大手の証券・銀行の経営破綻が相次ぐなど金融危機の様相となっていた。そうした中で、株価と円の同時安が展開した構図は、いかにも日本からの資本逃避が起こっているという懸念すらあった(図表3参照)。この辺は、円安の一方で株高が広がっている最近とは全く異なっていた。

【図表3】米ドル/円と日経平均(1997~1998年)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券作成

日本政府は、大手の金融機関の破綻が始まった1997年11月から円安に歯止めをかけるべく米ドル売り・円買い介入を始めた。円高と異なり円安を止める介入の困難さは、売るための米ドルが日本の場合でも有限だということだ。このため、自国通貨の米ドルを実質的に無限に保有する米国との協調介入が催促されることになる。

この局面で、日米協調介入は1998年6月に1度だけ実現したが、それで円安が終わることにはならなかった。そもそも米ドル高・円安を止めるために有効な為替市場介入は、米ドル売りを無制限に行うことだが、米国がそれを行うとしたら、それは円安ではなく米ドル高が問題視されるケースだろう。以上のように考えると、「お付き合い」だけの日米協調介入が1998年に円安を止められなかったことも当然だったと言える。

協調介入でも止まらなかった1998年の円安だが、結果的には8月に147円で終止符を打つところとなった。8月頃から、「ルーブル・ショック」「LTCMショック」など株価急落が広がったため、9月に米国が緊急利下げに転換。米ドルが急落に向かったためだった。(後編に続く)