昨日1月24日は「教育の国際デー(International Day of Education)」だったと、マネックスグループの公式Xアカウントによる投稿で知りました。そして、国連広報センターのWebサイトを見てみたら、想像以上の数の「国際デー」が存在し、その一つ一つがとても興味深く、今後、「国際デー」を意識してみようと思った次第です。

さて、「教育」についてですが、子どもは教育を受ける権利があり、社会は教育を受けさせる責任を持ち、教育は、平和や人類の発展に欠かせないと言われます。また、この「教育の国際デー」は、世界の平和と発展に教育が果たす重要な役割を確認し尊重することを目的に、2018年の国連総会にて制定されたそうです。貧困・戦争・政権等で教育を受けられない子どもたちが何億人もいるというのが実情で、これは確かにグローバルに取り組まなければならない課題です。

教育の目的はなんぞや、と考えてみたのですが、立場や利害によって目的が異なりますね。国、学校、親、子ども本人、どの立場で考えるかで目的が違い、それぞれの目的に照らし合わせた教育の内容を考えると、それぞれの目的に応じてまったく異なるものが思い浮かびます。全体的な、統一的なプログラムを描こうとすると、結局は国の意思・目的が第一になるのでしょうけれど、教育を基本的人権と考えると、受ける側の人間(子ども)の目的が果たせる教育を考えることがとても大切なように思います。子どもも一人の人間としての人権があるわけですから。子どもが自分の意思で受けたい教育を選択できるような教育をしていかなければならないし、また、そのためには、「教育には様々な選択肢がある」ということが前提でなければならないですね。

幸い私は、「自分の人生は自分にしかデザインできないのだから、自分で考えて自分の意思を持ちなさい」と親から教育されてきましたので、習い事も受験も学校も、自分の意思で選択させてもらいました。が、振り返ると、自分が認識できた選択肢は広くなく、社会通念上妥当な選択肢の中からの選択だったように思います。

多様な考え方を尊重し、不安定な世の中において世界で生き抜く力を育み、持続可能な平和な未来を築いていくために、日本の教育も、もっと幅があっても良いし、幅を許容できる社会にしていかなければならないなぁと改めて考えさせられた「教育の国際デー」でした。