「バランスシート不況」とは

長年過剰債務問題に悩まされてきた中国では、バランスシートに起因する長期停滞に関する研究が増えている。バブル崩壊後の1990年代の日本や、リーマンショック後の米国がよく取り上げられ、またその要因として示された野村総合研究所のリチャード・クー氏の「バランスシート不況」にも注目が集まっている。

同氏が唱える「バランスシート不況」とは、不動産バブル崩壊などによる景気後退局面では大多数の民間企業がバランスシートの修復に動き、設備投資よりも負債の圧縮を優先するため、金融緩和による景気刺激効果が弱まる状態を指す。その状態を脱却するために、積極的な財政政策が必要という主張である。

中国の債務状況

中国における債務残高の対GDP比を確認すると、家計は2022年末に61%とバブル終盤1991年末の日本の68%を下回る。一方、民間非金融法人はGDPの160%程度とバブル期終盤の日本の140%程度を大幅に上回っている。

中国政府は過剰債務の形成を抑制するために、2016年から「窓口指導」を通じて、鉄鋼や建材などの過剰設備業種、地方政府の隠れ債務の温床となるインフラ建設企業、そして住宅部門向けの融資を抑制するよう金融機関に対して指導を行ってきた。さらに2020年9月からは住宅開発企業に対する厳格な融資総量規制を導入している。

民間非金融法人部門向け信用残高の対GDP比率は、2016年1~3月期の162%から2019年10~12月期には150%に大きく縮小した。コロナ禍中の景気刺激策を受け、同比率は一時的に跳ね上がっていたが、2021年末にかけて再び急低下し、それ以降やや上昇するも、住宅セクター向けの融資総量規制やコロナ禍中の住宅市場の不況が影響して、頭打ちの傾向になっている。

【図表1】民間非金融法人部門向け信用残高
出所:BIS
※ シャドー:日本のバブル期(1985~1991年)

住宅セクターの低迷

中国の金融機関の融資残高を確認すると、サービス業や製造業、インフラ建設など向けの融資残高は共に拡大の傾向にあり、現時点では明らかなバランスシート不況の兆候が見られていないようだ。

その一方、住宅セクター向けの融資だけは2020年融資総量規制導入後に大幅に減少している。また、ここ数年来の販売の落ち込みや住宅価格の頭打ち傾向などを総合的に考慮すると、中国の住宅部門の変調がバランスシート不況の起点になり得ることに対する懸念が増えている。

中国における住宅市場の変調を食い止めるために、問題の所在である完工が遅れた物件の建設に政府が経営難の住宅開発企業に代わり積極的な財政支出を行うべきだとリチャード・クー氏を始め多くの専門家が主張している。中国政府は既に2022年秋口から未完工物件の竣工を促す政策をとっているものの、大規模な財政投入には慎重的な姿勢を示している。

今後の留意点

国際通貨基金(IMF)によると、中国の公的債務残高は、同国政府が重要とみるGDP比60%のラインを2020年末に突破し、2022年末には77%に達するまで膨張しており、安易に財政政策に依存することの危険性が意識されている。

他方、中国では利下げを含む金融緩和の余地がいまだ残っており、大幅な緩和に動いた際の効果が未知数である点については、銘記しておく必要がある。また、住宅バブル抑制策の下で、住宅開発企業に一律に適用している債務総量規制について、優良企業を中心に規制緩和の余地があり、その点も含め今後の動向に注目したい。

【図表2】金融機関の融資残高
出所:中国人民銀行
※ 直近:2023Q1


コラム執筆:李 雪連/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 シニア・アナリスト