◆この前の週末、東京は土日とも寒い雨の休日となった。こんな日は映画に限る。渋谷の東急Bunkamura ル・シネマで『パリよ、永遠に』を観た。第二次世界大戦末期、ナチス・ドイツ占領下のフランス。ヒトラーからパリの壊滅作戦を命じられたコルティッツ将軍 のもとを、パリで生まれ育ちパリを愛するスウェーデン総領事ノルドリンクが訪れる。ノルドリンクはパリを守るため計画の中止を説得しにやってきたのだ。ホ テル・ムーリスの一室を舞台に、二人のスリリングな駆け引きが始まった。手に汗を握る展開とはこういうものを指すのだろう。非常に濃密なヒューマンドラマ である。
◆映画の冒頭、フルトベングラーが振るベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が流れてくる。【新潮流】第180回「ゴダールの映画」で 書いた『さらば、愛の言葉』でも使われていた不朽のアレグレットだ。そこにドイツ軍に破壊し尽くされたワルシャワの映像が重なる。果たしてパリの運命は? 緊張感が高まるオープニングシーンだ。エンディングはこの反対である。朝日を浴びるパリの街並みをバックにジョセフィン・ベーカーの「二つの愛(J'ai deux amours)」がエンドロールで流れる。この瞬間、観客の誰もがみな、この美しい街が戦火を免れた幸運に思いを馳せたことだろう。
◆70年前の今日、東京は火の海と化した。死者10万人以上、罹災者1000万人以上に及んだ3月10日の東京大空襲である。守られたパリと守られ なかった東京。そして多くの日本の都市。両者の明暗を分けた理由は何か。多くの分析や解釈があるだろう。そしてそのひとつが「外交」の巧拙にあったという のは異論がないところではないか。
◆お隣の韓国では米国の大使が襲われる事件が起きた。イスラム国の事件では外務省の交渉ルートやプロセスが問題視された。このタイミングでドイツの メルケル首相が訪日した。世界がより緊密な関係を模索しようとするなか、集団自衛権の運用ルールや戦後70年談話などに絡んで日本政府の対外発信センスが 今まさに問われる局面である。
◆『パリよ、永遠に』の原題は"Diplomatie"。「外交」という意味だ。表敬訪問の応対や各種パーティーに明け暮れる大使の日常を見ると、 外交とは「社交」と同義かと思ったりもするが、いざという場面ではノルドリンクとコルティッツのような「真剣勝負」が行われているのだと信じたい。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆