「どうして広木さんは、そんなに楽観的なのですか?」という質問をよくいただくが、僕は本来、ものすごく悲観的な人間である。何事も悪い方、悪い方へと考える。常に不安で夜も眠れない。だから深酒をして意識を無くして床に就く。毎朝、酷い二日酔いで、それで余計に気が滅入る。悪循環である。わかっちゃいるが、どうにもならない。悲観主義者の性と諦めている。ぎりぎりのところで堪えているが、ふっと気を抜くと鬱病になりそうである。

愛読書は楠木建先生の『絶対悲観主義』。帯のコピーは「心配するな、きっとうまくいかないから」。腑に落ちるのはモチロン、大笑いしながら読んでいる。『絶対悲観主義』を笑いながら読んでいる時だけが、幸せだ。僕が悲観主義者であることの証明である。

「じゃあ、どうして、米国のインフレはピークアウトが近い、なんて楽観的なことをいうのか!」「天下の日本経済新聞が『米物価高、ピーク見えず』と言っているのに、出鱈目なことをいうな!」と怒りの声が聞こえてくる。

僕は別に楽観視しているわけではなく、バイアスをかけずに素直に事実を見ているだけである。日経新聞は「米消費者物価の伸びが頭打ちになる兆しが見えない」(14日付朝刊)と書いているが、僕には「頭打ちになる兆し」が見えまくりである。世の中で確実なことは何一つなく、確度の高い予測は人口動態くらいしかない。それでも次回発表になる米国の7月CPIは、今週発表された6月のものよりだいぶ落ち着いたものになるのは、ほぼほぼ見えている。

食品とエネルギーを除いたコアCPIは前年同月比5.9%と、3月に6.5%を記録した後に3カ月連続で低下している。ちなみにFEDがインフレ指標としてウォッチしているコアPCEデフレータも2月末をピークに3カ月連続低下している。

コアCPI(黄)とコアPCEデフレータ(青)
出所:Bloomberg

要はエネルギー価格だけが問題なのである。6月のCPIの上振れは、エネルギーの中でもガソリンが前年比で約6割高となったことが大きい。ガソリンの全米平均価格が6月半ばに過去最高をつけたのだから無理もない。ただ、その後は原油をはじめコモディティ価格は全般に下落している。バイデン大統領が言う通り、古い数字なのだ。

CPIのガソリン価格指数(緑点線)・全米ガソリンの平均価格(青破線)・WTI原油先物価格(赤)
出所:Bloomberg

グラフで緑色の点線がCPIのガソリン価格指数である。ブルーの破線は全米ガソリンの平均価格。赤い折れ線はWTI原油先物価格である。当たり前だが、これらはすべて連動している。まず原油先物価格が動き、それに若干のラグを伴ってガソリン先物(グラフは割愛)が動き、それに遅行して米国のガソリン価格が動く。CPIのガソリン価格指数はそれを月単位で集計したものだから、さらにラグがある。原油価格は既に6月上旬の高値から2割近く下落、ガソリン価格も1カ月前にピークをつけ、その後は低下している。この傾向が月末まで続けば ー そして、おそらく続くだろう ー 来月発表される7月CPIはヘッドラインでもピークアウトが鮮明になるはずだ。

CPIの上振れを受けて、次回FOMCで1%の利上げ観測が急浮上した(FED Watchの確率で80%)が、それも一時的である。現在のFED Watchは75bpsの予想が約6割、1%は4割に低下した。

出所:Fed Watch Tool

僕は75bpsの利上げだと思うが実際のところはわからない。しかし、メディアがいくら騒いでもマーケット自体が落ち着いているので問題はない。

CPIの上振れを受けても、ナスダック総合は13日が17ポイント(0.2%)安、昨日は小幅にプラスの横ばいだった。これは、長期金利が上がりきらずに結局は低下して終わる、ということが背景だ。米国10年債利回りはCPIの発表直後、3%超に上昇した。それを見て始まった米国株は大幅安となったが、その後の金利低下で下げ幅を縮小。昨日もまったく同じ展開だった。

ナスダック総合指数(緑)と米国10年債利回り(赤)
出所:Bloomberg

つまるところ、長期金利が上がらなければ、株は大丈夫である。そして長期金利はもう上がらないだろう。市場は来年の利上げ停止、そして利下げを急速に織り込み始めているからだ。

先週のレポートでも出したFF金利先物のフォワードカーブをアップデイトしておこう。

FF金利先物フォワードカーブ 1ヶ月前(緑)と現時点(オレンジ)
出所:Bloomberg

緑のラインが1カ月前。オレンジが現時点のものだ。1ヶ月前は来年5月まで利上げを見ていたが、今は早くも来年3月からの利下げを織り込み出している。

こういう状況に鑑みれば、インフレさえピークアウトすれば、すぐにFEDの利上げ停止観測が浮上するだろう。次回のCPIでヘッドライン・インフレの伸び鈍化を確認することが、潮目が変わるひとつのタイミングではないか。それまでの間が仕込みどころだろう。マーケットが悲観的でいるのも、あと1カ月だろう。どう悲観的に見積もっても。