今年の金融市場の歴史的な急変動を以前から予測していたエコノミストのエミン・ユルマズさん。今、世界経済や金融市場は大きな転換期を迎え、日本に歴史的なチャンスが訪れていると話します。そんな激動の時代を私たちはどのように捉え、行動していくべきなのでしょうか。エミンさんに今後の世界のお金の流れ、インフレ・円安の見通し、デフレマインドからの脱却方法などを伺いました。
●エミン・ユルマズ氏プロフィール●
トルコ・イスタンブール出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。テレビやラジオなど様々なメディアで活躍中。
年初来の調整局面は目に見えたシナリオだった
――3月に出版されたエミンさんの新刊『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)では、「壮大なバブル」の崩壊が既に始まっていると書かれています。その理由を教えてください。
まず私たちがどのような金融体制下にあるかを理解する必要があります。1987年のブラックマンデー以降、FRB(米連邦準備制度理事会)は金融緩和というかたちで市場に介入するようになりました。その後も何かが起きるたびに金融緩和を行っていました。
しかし、ある出来事がきっかけで、その金融緩和が新たなフェーズに移ったのです。それが、2008年のリーマンショックです。この時、米国で岩盤と見られていた不動産市場が崩壊し、経済全体に波及し、景気後退に突入しました。その景気後退から脱却するために、FRBは以前より強い金融緩和を始めたのです。それからずっと緩和レジームが続き、中央銀行の緩和姿勢によってサポートされる金融体制ができてしまいました。
この金融体制をさらに加速させたのが、新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)です。コロナ禍の影響で経済が止まったため、世界の中央銀行は前代未聞の財政出動と金融緩和を行いました。先進国の中で最もパンデミックの影響を受けた米国では政府が現金を給付し、FRBが量的緩和、ゼロ金利政策を行い、銀行の預金準備率を0%へ引き下げました。これが壮絶な資産バブルを引き起こしたのです。
これまでバブルの多くは特定の資産クラスにおいて起きていました。例えば2000年のITバブルの時はIT関連株、2008年のリーマンショックの時は不動産関連といったように。それが今回はあらゆる資産クラスの価値が上昇するほどお金があり余っていました。その中には、株式、不動産、暗号資産、コモディティなどが含まれます。
人類の歴史の中で、弾けないバブルはありません。バブルが弾けるのは宿命です。私がこの予測を立てた理由は、これだけの大規模なお金のバラマキはインフレをもたらすと考えたからです。しかも、今のインフレは特定の国ではなく、世界的に進行しています。米国の5月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比8.6%増で40年ぶりと言われていますが、実は40年前の計算方法と異なります。40年前の方法で計算すると、20%ほどのインフレ率になるのです。
日本も5月の物価上昇率は前年同月比2.5%増でしたが、食料や生活必需品などは10%ほど値上がりしています。ですので、多くの日本人は5%以上のインフレを実感していると思います。このように世界でインフレが進行する中で、インフレを抑制するには金融引き締めが必要です。金融引き締めを行うとバブルが崩壊するというのは、私にとって目に見えたシナリオでした。
――昨年の時点から今起きている相場の急変動の予兆が見られたということですね。
はい。特にこの2,3年はバリュエーションが歪んでいました。例えば、ゴールドマン・サックスが「ノンプロフィッタブルテクノロジー・インデックス」という赤字IT企業指数をつくったのですが、その指数が2020年から4倍に急上昇するという奇妙なことが起こりました。
本来であれば業績の良い銘柄の株価が上がるのですが、赤字の企業が上がるというおかしな相場です。起業家のカリスマ性や話題性が注目を集め、ファンダメンタルズが伴っていない企業の株価が暴騰していました。このような事態はバブルの象徴であり、崩壊します。なぜならすべてのモノは本源的価値に戻るからです。
日本株の魅力はより増している
――著書の中で世界経済がリセットされた後、日本のバリュー株が花咲く時期がやってくると書かれています。その理由を教えていただけますか。
既にバリュー株の時代が始まっていると思います。今年に入ってから米国のバリュー株はグロース株を大きくアウトパフォームしています。米国割安株指数(ラッセル1000バリュー指数)の年初来変動率が-12%に対して、グロース指数は-25%です。ここまでバリュー株がグロース株をアウトパフォームしたのは2001年以来。ITバブル直後のことです。つまり、ITバブルの時と同じことが起きているのです。
日本株は全体的にバリュー株のようなものです。これまでにあまり評価されてこなかったために、バリュエーションが低い。日本株には低PBR・高配当利回りの銘柄が多いです。そういった観点からも、日本株の魅力はより増してきているように思います。
円安に助けられている面もありますが、日経平均は年初来7%安なのに対し、NYダウは13%安、ナスダックは一時30%安まで下がりました。相対的に日本株のパフォーマンスの良さが表れていると言えるでしょう。
――日本株で注目されているセクターや銘柄を教えてください。
低PBR・高配当利回り、自己資本比率が高くて、営業キャッシュフローがしっかりと回っている企業に注目しています。このような条件には、工作機械や精密機械を含む機械セクター、三菱重工業(7011)、川崎重工業(7012)、IHI(7013)など防衛関連セクターの企業が該当するでしょう。その他、薬品、化学、素材セクターも割安だと考えています。
インフレから資産を守るための意識改革
――世界的なインフレの進行はどこまで続くと思いますか。
日本以外の国の中央銀行は金融引き締めに舵を取り、景気を冷やそうとしています。ソフトランディングすれば良いのですが、それを実現したのは1994年のグリーンスパンFRB議長(当時)の時だけです。その頃と今では状況が異なりますので、私はハードランディングすると思います。そうすると景気後退に入り、需要そのものが減りますので、インフレは収まるでしょう。
ただ、インフレには様々な要因がありますので、4~5%のインフレが長期的に続く可能性もあります。国際的なコンセンサスであるインフレ目標の年率2%に下がるまで時間がかかる可能性もあります。一旦インフレがピークアウトしたとしても、すぐさまデフレになるわけではありません。つまり、上昇した価格が戻るわけでないので、賃金の上昇などが行われない限り、可処分所得が減ったままであることに注意が必要です。
――インフレヘッジとして注目されているコモディティがあれば教えてください。
コモディティも、お金が有り余っている時には投機的な動きをするので、価格が上昇している時はあまりインフレヘッジになりません。適正価格の水準まで下がったら資産を守ってくれると思います。例えば金を実物で保有したり、金価格と連動するETFを購入するのも1つの選択肢でしょう。その他にも、ウイスキーや高級時計、アンティークコインなども選択肢の1つとして考えられるかもしれません。このような実物資産も自分の資産を守る上で役立つことがあるのではないでしょうか。
しかし、実物資産は災害などで失うリスクもあります。ですので、インフレヘッジという観点からも株式投資が有効だと思います。先ほど述べたような高配当株やバリュー株の価値は簡単になくなるものではないので。
――日本人がデフレマインドから脱却するにはどうしたら良いでしょうか。
まずは、お金の性質そのものに興味を持つことです。お金を稼ぐことや増やすことに興味があっても、お金の性質に注目している人はあまりいないでしょう。お金というのは、もともと価値が目減りするものです。なぜなら、新しい紙幣が刷られるから。
日本はしばらくの間デフレでしたので、日本人が貯蓄するのはある意味、理にかなっていました。しかし今、インフレの時代に変わりました。ですので、頭の中をデフレ脳からインフレ脳に切り替えて、お金を価値あるものに使ったり、運用したりするなど、行動していくことが大事です。
私はトルコで育ったので、もともとインフレ脳です。コロナの感染拡大が始まった時も、サプライチェーンが止まって物不足になるだろうと察知して、すぐにパソコンや車を購入しました。私の車は2ヶ月ぐらいで納車されましたが、その後は納車が1年ほどに伸びました。今日買えるものが、明日、明後日どうなるか分からない。そういった危機意識を持ち、時代に合わせた行動をとることが大切だと思います。
写真:竹井俊晴
※本インタビューは2022年6月27日に実施しました。
※本内容は、個人の経験に基づく見解であり、当社の意見を表明するものではありません。
※投資にかかる最終決定は、お客様ご自身の判断と責任でなさるようにお願いいたします。