「ファミリーオフィス」は、日本人にとってあまり馴染みのない用語です。しかし、欧米では古くから超富裕層が家族の財産を守り、永続的に継承するための手段としてファミリーオフィスが使われてきました。そして、日本でも、莫大な資産を運用するファミリーオフィスが登場しています。
最近では、アクティビストのように企業に提案するファミリーオフィスも増えています。この記事では、ファミリーオフィスの特徴やアクティビストとの違いについて解説します。
ファミリーオフィスとは
ファミリーオフィスは、家族の資産を運用する投資会社です。ファミリーオフィスの歴史は古く、6世紀頃、ヨーロッパの王族の資産運用を始めたのが起源とされています。また、19世紀にはロックフェラー家が一族の繁栄を図るためにファミリーオフィスを設立し、それが超富裕層の間に広まったと言われています。
そして、2008年のリーマンショックを受けてオバマ政権下の2010年に成立した「金融規制改革法(ドット・フランク法)」では、顧客を取らず、家族の資産のみを運用するファミリーオフィスは、証券取引委員会(SEC)の規制対象から外れました。
規制を回避するために、ヘッジファンド・マネジャーがファミリーオフィスを設立したり、投資会社をファミリーオフィスに転換したりする動きが相次いで見られました。
アルケゴス・ショックで注目を浴びる
日本ではプライベートバンクはよく知られていましたが、ファミリーオフィスは秘密のベールに包まれていました。そんな中、ファミリーオフィスが日本で脚光を浴びるきっかけとなったのが「アルケゴス・ショック」です。
2021年3月から4月にかけて、日本や欧州の金融機関が多額の損失や損失見込みを発表した。国内では、野村ホールディングス(8604)が、米国子会社の取引で約20億ドル(約2,200億円)の損失が発生する可能性があると発表。三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)も約3億ドル、みずほフィナンシャルグループ(8411)も1億ドルの損失の可能性があると発表しました。その原因は、アルケゴス・キャピタルとの取引にありました。
アルケゴス・キャピタルは、個人のアセット・マネジメント会社で、まさに「ファミリーオフィス」でした。アルケゴス・キャピタルは投資に失敗し、これが金融機関に影響を与え、大きな損失となりました。その結果、ファミリーオフィスの存在がクローズアップされるようになったのです。
ヘッジファンドに比べ、ファミリーオフィスは情報開示の規制が緩く、アルケゴス・キャピタルは少額の資金で大量の株式を運用していました。そのため、損失が莫大なものになりました。
ファミリーオフィスとアクティビストの違い
ファミリーオフィスの最大の目的は、資産を適切に「守る」ことです。富裕層が一代で築き上げた資産も、先代から受け継いだ資産も、永続的な繁栄のためには、次の世代に引き継ぐことが最も重要です。そのためには、投資によって「増やす」ことよりも「守る」ことに重点が置かれます。
特に富裕層にとって気になるのは相続税です。日本の相続税の最高税率は55%で、諸外国に比べて高くなっています。納税のために資産を売却することも一般的です。日本でファミリーオフィスがあまり普及していない理由の1つに、次世代への資産承継が難しいという事情がありました。そのような状況下でも、ファミリーオフィスの存在が少しずつ目立ち始めています。
6月21日付の日本経済新聞の記事では、任天堂(7974)の創業家のファミリーオフィス「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリーオフィス(YOF)」や、村上ファンドなどがファミリーオフィスの代表格として紹介されています。「日本のアクティビストの先駆けと言われる村上世彰氏、通称村上ファンドも今やこの異形の形態に変身している」とのことです。
同記事によると、「通産省の官僚を退職した村上氏が退官し、アクティビズムの道に足を踏み入れたのは2000年前後。(中略)当時の村上氏は自己資金を持っていたわけではなく、国内外の機関投資家から資金を集め運用していた。(中略)昔との大きな違いは、今の村上ファンドには出資者がいない、つまり自己資金で投資をしているということだ。シティインデックスイレブンやレノ、オフィスサポートなど様々な名前のファンドを駆使しているが、要するに村上家のファミリーオフィスと言っていい」と書かれています。
また、同記事ではアクティビストとファミリーオフィスの違いについて次のように記されています。「通常、アクティビストには、企業年金や大学といった大手機関投資家がオルタナティブ投資の一環としてお金を出している。つまりアクティビストの運用担当者は、あくまでも他人のお金を運用する『ファンドマネージャー』なのだ。声高に何かを主張し株価上昇や還元を引き出し、大きなリターンを得ようとするのが行動パターン。結果を出さなければ出資者の怒りを買い、時には自らが職を失ってしまう」
しかし、ファミリーオフィスは他人から預かった資金を運用するのではなく、自分の手元資金を運用します。「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリーオフィス(YOF)」の投資可能資金は1000億円規模といわれ、いつまでにリターンをだすという強迫観念もありません。
通常、出口戦略を想定していないアクティビストは存在しませんが、ファミリーオフィスであれば誰も文句を言うことはありません。これがファミリーオフィスの最大の特徴だと言われています。
2022年になって、「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリーオフィス(YOF)」は東洋建設(1890)にTOB(株式公開買付)を仕掛け、村上氏も新生銀行(8303)や大豊建設(1822)などに投資して企業にプレッシャーを与えています。
今後、日本においてもファミリーオフィスの存在感が高まるかどうかに注目したいと思います。