家具大手ニトリの持株会社・ニトリホールディングスが6月7日、4月に設立したIT子会社・ニトリデジタルベースのオフィスをオープンした。ニトリ目黒通り店に併設されたオフィスで、先端的なデザインで設計されている。
設立発表の際には、ニトリHD会長の似鳥昭雄氏は、「別会社にした理由は、集中して人材を集め、未来のロマンとビジョンに向けて取り組んでいこうという決意」と強調した。
ニトリグループに対して「ITに強い会社」という印象を持つ人はそう多くないだろう。しかし、同社CIOであり、ニトリデジタルベースの初代社長となる佐藤昌久氏は、「ニトリグループはITのためにビジネスを我慢しない」会社であると断言する。
つまり、良いアイデアが思いついたときに「システムがない」といったIT上の理由で、ビジネスチャンスを逃すことがないというわけである。 ニトリグループが新会社を設立してまで実現したいことは、どうやら単にエンジニアを採用したいだけではなさそうだ。
その狙いを知るべく、「他社には実現が難しい」と豪語するニトリグループのITの優位性と、ニトリデジタルベースではグループとして何を実現していくのかを佐藤氏に聞いた。
ニトリデジタルベース設立の背景
まずは簡単に、ニトリグループの現状とニトリデジタルベース設立までの経緯をまとめておこう。
――ニトリグループの現状は?
ニトリグループは売上高8,115億円(2022年2月期)を誇る日本の小売業界を代表する企業の1つだ。
2021年1月には異業種となるホームセンター大手の島忠を傘下に収め、2022年4月には家電量販店大手のエディオンへの資本参加を発表した。業界を跨いだ資本戦略で規模の拡大を図っている真っ最中である。
ニトリグループは2003年から2032年にわたる「第2期30年ビジョン」において、2032年に3,000店舗、売上高3兆円を目標に据えている。とはいえ、現状は店舗数801店舗、売上高約8,100億円である。
今後の拡大のためには、M&Aや海外展開を含めた拡大を前提とする。そうなると、システム拡張は生命線となるため、ITの強化、開発人員の拡大は大前提となる。
ニトリグループの開発人員は基本的にすべてプロパーだ。今まではそれでも対応できたが、売上3兆円規模に対応するには開発人員が足りない。
――IT戦略は?
ニトリデジタルベース設立の狙いとして大きいのは、やはり人材の獲得である。小売業社員の給与は基本的に他業種に比べて低い。一方、デジタル人材の給与水準は非常に高いため、採用の際に他社に競り負けてしまう。また、勤務形態も小売業と同じでは難しい。
似たような事例では、ホームセンター大手のカインズが、東京・表参道にデジタル拠点「CAINZ INNOVATION HUB」を設立したことが挙げられる。その狙いはまさにデジタル人材の獲得であった。
さらなる野望として、似鳥会長はシステムの外販も視野に入れていることを明言した。それほど同社はITに自信を持っているのである。
「20年かけてフルスクラッチで作り上げた」ニトリHD・CIOが語るニトリのシステムの優位性
一問一答
――ニトリグループのIT化は遅れているのではないか。
それは違う。当社はずっと内製でシステムを作ってきたからこそ今がある。当社のビジネスモデルは「製造物流IT小売業」。原材料の調達から製造、販売、物流、マーケティングなど、すべての機能を一貫して自社でプロデュースするもの。その端から端までフルスクラッチで自社システムを構築して支えている。
20年前くらいにアウトソーシングが流行ったときに内製化を続けたことが、ニトリグループのITが他社よりも優位になった理由だ。今も基幹システムは20年前に構築したものが基礎になっている。小売で長きにわたりシステムを自社で構築し続けている会社は他にはない。
コーディングも自分たちでやる。大小合わせ年間百数十件のシステム改修を自前で行っている。改修、すなわち業務改革だ。それだけの数の生産性向上が行われているということである。
ニトリグループはITに関して今まで積極的に露出してこなかったので、遅れていると思われているかもしれない。今回は、「株式会社ニトリデジタルベース」設立という形で、ITに非常に力を入れてきた企業であることを世間に対して発信したいと考えている。
――自前ですべてを行うメリットとは。
Web画面のボタン1つから倉庫の改修対応まで、すべて自分たちでシステムを構築できる。つまり、私たちはITで我慢することがない状態なのだ。
新しいことを始めたいときに、開発に90人月かかるシステムだとわかると、普通は「やめよう」となったり、あるいはパッケージ導入を検討したりする会社もあるが、それでもいろいろな制約も出てくる。私たちは自前で作ることができるから、妥協しなくて済むわけだ。
現在、ニトリグループのシステムは情報システム改革室が担っており、総勢350人を擁している。1996年、私が入ったころは業務システム室というたった4人の部署だった。これがニトリグループのITの原点だ。
2000年問題が騒がれていた1999年、ホストコンピュータは大丈夫かと社内で検討したときに、じゃあ基幹システムを作ってしまおうとフルスクラッチで作った。部員が8人くらいだった。
システムを外注するかという議論は昔からずっとある。しかし、「ITのためにビジネスを我慢しない」という考えを実現し続けて今がある。ニトリグループは、変化し続けて成長してきたが、その間、ITが果たした貢献度の高さには自負がある。
――システムを1からすべて作ってきたということは、調達から生産、販売、配送までサプライチェーンの状況を調達、販売、配送の状況が一元的に見えているということか。
全部見えている。ニトリグループのオンラインストアを見ていただくと、商品の納期が書いてある。これは、その商品がいまどこにあるかを完全に把握できているから表示できるのだ。
「この商品は現在海の上にある」、「この商品はこのトラックに乗せれば○月○日に届く」といったことは全部すぐ把握できる。この在庫確認の仕組みは2003年から構築できている。
ビジネスが拡張すればシステムも拡張する。ERP(基幹システム)を導入する企業もあるが、データ自体はつぎはぎだらけで、完全にはつながっていないため、当社のようなシステムの実現は難しいだろう。
キーワードは「フォーマット」「海外」「規模」
――ニトリデジタルベースを設立するプロジェクトというのはどのくらい前からあったのか。
いや、それは急に決まった。
――ニトリデジタルベースを作るに至った最も大きな理由は何か。
今までの伸び方と異なり、「売上高3兆円」に向かいジャンプするには、やはり人が足りない。 キーワードは「フォーマット」「海外」「規模」の3本柱だ。
まず、ビジネスの領域が広がっている。たとえば、島忠とのシステム共通化についてもそうだ。当初はすぐにでも一緒にしようと考えたのだが、全く異なるフォーマットであることがわかり、拙速に進めるのはやめた。
SKU数で言えば、ニトリが約1万で島忠は約10万。売り場面積も10倍だ。ニトリと同じシステムを使うよりも島忠にジャストフィットしたシステムを構築した方がよいかもしれない。一緒にやってみてわかることもある。
もう1つは海外だ。産地も広がるし、販売地域も広がっていく。今までは1本の線だったバリューチェーンが面になる。垂直型のシステムを構築する必要がある。
また、20年間かけて作ってきたため、1,500万ステップぐらいある巨大システムである。今の規模の3倍の売上を計上するようになれば、ハードウェアだけではなく、システムのコードそのものの見直しもあるかもしれない。
――クラウドベースにする考えはないのか。
この巨大なシステムを移せるサービスがない。クラウドへの全面移行は規模が大きすぎて難しいのだ。
ただ、オンプレミスは5年程度で切り替えないといけないため、機能によってはできるだけクラウドに切り替えていく。
どんな要望であっても「できない」はない
――ニトリデジタルベースはどのような体制を目指すのか。
2025年に350人、2032年には1,000人体制の計画だ。全員が社員というつもりはない。
―― 「売上高3兆円」時代のニトリグループのシステムの未来像とは。ニトリグループのCXはどのように変化し、客から見てどんな便利さが生まれていると想定しているのか。
20年前にはクラウドもなかったし、今では5Gが話題になっているが、ISDNからADSLに代わったときほどのインパクトはないだろう。何でもシステム化しようとする会社なので、私たちは20年かけて改修しながらやってきた。在庫1点からすべてシステム上で把握できている状態なのに、今さらDXって言われても、と思っている(苦笑)。
今はPCやスマートフォンのアプリでECをしているが、5年後にはすべてメタバースの世界で購入しているかもしれない。最近だと、仮想店舗やライブコマースも始めているが、メタバースもどこかでブレイクスルーが起きたら、お客様体験は新しい技術に合わせて変えていく。
当社はシステムの改修を自分たちでできてしまうので、「こういうことできないか」といった軽い感じで提案されることも多い。タバコ休憩中とかに(笑)。
どんなときでも「できない」とは言わない。(似鳥昭雄)会長が言うように、「できるまでやる」会社だから。