韓国は、3月9日に大統領選挙(※1)を迎えた。今回のコラムでは、大統領選挙の結果、韓国経済の現状、今後の政策の注目点の3つの視点から解説する。

大統領選挙の結果、5年ぶりの保守政権誕生へ

3月9日に韓国では大統領選挙を迎えた。同選挙は革新系の政権与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補と保守系の最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補による事実上の一騎打ちとなり、歴史的な大接戦の末、尹氏の当選が確実になった(※2)。

現地世論調査では尹氏有利という見方が強い中、尹氏が中道の安哲秀候補との一本化に成功し、地域別では保守系の強い慶尚道や江原道だけでなく、首都のソウル特別市や過去の大統領選挙で結果を左右した忠清道でも李氏の得票率を上回った。

現地報道の出口調査を見る限りにおいては、不動産価格の上昇など諸課題への文在寅政権の政策に対する不満が尹氏に対する得票につながった他、無党派層から比較的人気のある安氏の支持票も取り込めたことが勝因につながったようだ。

尹氏の大統領就任後の韓国政局については、2020年の国会議員選挙で政権与党が地滑り的な勝利を収めた(※3)ことから、次回国会議員選挙まで大統領と国会の過半数を占める「共に民主党」との間でねじれが続くことにより、韓国国政の停滞が懸念される。

また、尹氏が検事総長時代に朴槿恵前大統領の捜査を担当したこともあり、保守系政治家に一定の影響力があるとされる朴氏などとの間で、折り合いが良くないとされる人間関係が党内対立を引き起こす可能性がある点も注視する必要があるだろう。

韓国経済の現状

韓国経済の現状を1.実質GDP、2.不動産価格の現状と家計債務の増大、3.拡大する韓国の財政赤字の3点で分析する。

1.実質GDP

韓国の2021年10~12月期実質GDP成長率は、前期比+1.2%(前期同+0.3%)と加速した。韓国の主力産業である半導体などの電子部品・デバイスが製造業を押し上げ、2四半期ぶりにプラス成長に転じ、実質GDP全体を押し上げた。

前月に公表された韓国銀行による経済成長率見通しでは、2022年が前年比+3.0%、2023年が同+2.5%とされた。同見通しでは、韓国経済の先行きに関する上方リスクとして、1.社会活動制限措置の緩和、2.政府による消費刺激策、3.世界的な半導体産業の成長が挙げられる一方で、下方リスクとして1.新型コロナウイルスの感染動向、2.世界的な供給制約の長期化、3.増大する地政学リスクが挙げられた。

韓国の実質GDPは、コロナ禍前を上回る水準に回復している(※4)ものの、日本と同様に経済環境は厳しく、次期大統領の政策次第では韓国経済が予想以上に減速する可能性もある。

2.不動産価格の現状と家計債務の増大

大統領選挙の最も大きな論点の1つである不動産価格と政府の対応策を分析する。2017年5月に文氏が大統領に就任して以降、ソウル特別市を中心に不動産価格は上昇傾向で推移した。2017年5月を100とした場合、2021年10月に全国が144.4、ソウル特別市が191.4と過去最高となった(図表1)。

【図表1】韓国の不動産価格(取引価格ベース)
※直近は2022年1月
出所:Korea Appraisal Board、韓国統計庁

足元では、不動産価格がやや低下したものの、依然として高水準にある。韓国政府は、手をこまねいていたわけではなく、様々な住宅政策を実施してきた。具体的に、政府は複数の住宅保有者に対する税金の引き上げや政府による住宅供給などの政策を実施したものの、民間も含めたソウル特別市での住宅の建設戸数が減少したこともあり、住宅価格上昇を止めることができなかった。

とはいえ、単に住宅供給を増やせばよいものではなく、住宅供給を行ったとしても周辺地域における教育施設や公共施設の新設・増設も求められるため、仮に住宅供給が増加したとしても即座に市民の不動産需要を満たし、不動産価格の問題が解消されるわけではない。

そのうえ、住宅供給公社における不祥事もあり、不動産政策に対する韓国市民の不信感は根強い。また、不動産価格の高騰などを背景に、韓国の家計債務の増加が止まらない。国際決済銀行によると、家計債務残高は2017年第2四半期にGDP比88%であったものが、2021年第3四半期には同106.7%に上昇した。

さらに、韓国銀行による金利引き上げが行われ、住宅ローンの変動金利の上昇が予想されることもあり、市民生活がより厳しさを増すと見られている。そのため、次期大統領の不動産政策に市民の関心が集まるが、容易に不動産価格が低下するとは見られていないのが実情である。

3.拡大する韓国の財政赤字

経済に関するその他の重要な論点の1つとして、財政赤字の拡大が挙げられる。コロナ禍に伴い、市民に対する給付金支給を含む補正予算が組まれたこともあり、政府財政が悪化している。韓国の経済財務省の見通しでは、2022年財政年度第1次補正予算後の段階で累積赤字がGDPの50%を超える水準に増加すると見られている(図表2)。

1990年代後半のアジア通貨危機での反省を踏まえ、政府財政の累積債務(GDP比)の上昇ペースは緩やかだった。しかし、韓国の高齢者の貧困率は他国と比較して高水準で推移し、社会保障制度のさらなる充実が求められていることもあり、歳出拡大圧力が今後強まると見られる。大規模な経済対策である韓国版ニューディール政策も進んでいたことから、歳出拡大の抑制や減税といった税制も含めた財政政策の内容を今後注意してみる必要がある。

【図表2】財政収支の見通し(歳入・歳出:前年比、%、財政収支・累積債務:GDP比、%)
※累積債務については債務をマイナス表記 出所:韓国経済財務省

今後の注目点

今後の注目点として、尹氏は検察官僚を長く勤め、政治・外交の経験がないことから、政策実行力や外交政策などの多くの部分で未知数である点が挙げられる。公約などでは、不動産政策では民間主導での住宅供給戸数のさらなる増加を目指すとされるが、規制緩和などにより再開発を行いやすい環境を整えられるかという点も重要になりそうだ。

経済政策については、ブレーンに保守系の有識者が多いことから、歳出抑制・減税を進めながら韓国経済の成長を目指すと見られる。しかし、内政面では、国会の約6割を占める現政権与党の「共に民主党」に妥協せざるを得ないと見られ、公約などで表明した政策の方向性の変更を迫られる可能性が高い。

尹氏のブレーンの陣容や公約を見る限りにおいては、対日外交については、革新系の文政権から転換することにより反日色が薄まり、韓国経済で重要な役割を担う財閥に対しては、おそらく融和的な政策がとられるだろう。とはいえ、公約やブレーンの陣容だけでは、今後の政権運営を判断できない部分も多い。5月の大統領就任までの政権移行期間における尹氏の動向や政策方針、閣僚人事が焦点になるだろう。


(※1)日本時間2022年3月10日午前9時30分までの情報を基に執筆
(※2)中央選挙管理委員会によると、尹氏の得票率が48.6%、李氏が47.8%などであった
(※3)全議席が295議席である韓国国会で、現政権与党である「共に民主党」は172議席と過半数を上回っている一方で、尹氏を支持する保守系野党である「国民の力」は106議席にとどまる。(2022年3月10日閲覧時点)
(※4)コロナ禍前の2019年10~12月期実質GDPを100とした場合、2021年10~12月期は102.9

 

コラム執筆:佐藤 洋介/丸紅株式会社 経済研究所