米国の著名投資家であるカール・アイカーン氏はアクティビストとしてもよく知られており、米国の様々な企業に影響を与えてきました。今回の記事では同氏の投資手法について解説したいと思います。

カール・アイカーン氏とは

アイカーン氏が会長として率いる投資会社アイカーン・エンタープライゼズは、自動車やエネルギー、不動産などの分野に多額の資金を投じています。そして、株式を公開しており、時価総額は138億ドル(約1兆5732億円)を超えています(2021年12月時点)。

現在85歳のアイカーン氏は、2021年11月に同社のCFOだったデイビッド・ウィレッツ氏をCEOに任命しました。

「モール・ショート」で収益を確保

2020年コロナ禍の最中、米国では店舗閉鎖を余儀なくされたショッピングモールなどの小売関連株を空売りする「モール・ショート」と呼ばれる動きが広がりました。当時、ブルックス・ブラザーズやJCペニーなど、コロナ禍で倒産した米大手小売企業は40社を超えていました。

アイカーン氏は、2019年から商業住宅ローン市場の信用状態を取引できるようにするクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の「CMBX 6」のショート(売り)に莫大な資金を注入してきました。

同氏は2020年の年初から6月末までにモール・ショートで13億ドル(約1,400億円)の収益を確保したと報じられています。2020年3月初旬以降、コロナ禍による小売店の閉鎖を受け、「CMBX 6」を構成するいくつかのローンのインデックスは最大40%の急落となりました。

日本経済新聞の記事によると「アイカーン氏は、電子商取引(EC)の普及による消費行動や人口動態の変化で実店舗の小売業が大きな打撃を受けると数年前から予想していた。そこにコロナ禍による営業停止が加わり、同氏の小売業への悲観論は一段と強まった。」とのことです。

暗号資産への投資も検討

2021年5月、アイカーン氏は暗号資産に関心があり、いずれ10億ドル(約1090億円)を投じる可能性があることを明らかにしました。ブルムバーグの記事によると、まだ暗号資産を購入していないものの、「ビットコインやイーサリアムのほか、暗号資産セクター全体について調べている。経済におけるインフレの自然な現れとして、代替通貨の人気が高まっていると指摘した」とのことです。

また同記事では、同氏が暗号資産に価値がないという批判に対して、「やや間違った考えだ」と指摘したことや、「人々が仮想通貨購入しているのは、株式が『法外な価格』で取引されていることが一因だ」と述べたことも報じられています。

シリコンバレーとの攻防

シリコンバレーとアクティビストの攻防は、10年以上続いています。米ハイテク企業はコーポレートガバナンス(企業統治)が弱く、手元資金を有効活用できていない場合が多いので、アクティビストの格好の標的になっているようです。

アイカーン氏は、2007年にモトローラ、2008年にヤフー、2013年にアップルに対して要求を行っています。各社への要求内容をご紹介します。

モトローラに経営改善や取締役の受け入れを要求

アイカーン・エンタープライゼズは、2007年にモトローラ株を取得。同社に対して経営改善と、アイカーン氏が推薦する取締役を受け入れるように迫りました。モトローラは当時、米国を代表する通信機器メーカーでしたが、携帯電話の技術革新に乗り遅れた結果、アップルやノキアに市場シェアを奪われ、株価が低迷していました。

アイカーン氏はモトローラに圧力を強め、その結果、アイカーン氏が推薦する取締役2人を受け入れることを決定。そして、モトローラの携帯電話事業を分社化することに成功しました。分社化されたモトローラ・モビリティは、グーグルに125億ドルで買収され、アイカーン氏は少なくとも4億ドル以上の利益を得ました。

ヤフーは主力事業を売却して投資会社に

ヤフーは2008年にアイカーン氏を取締役に迎え、その後も2つのヘッジファンドが経営に関与しました。

ヤフーは要求に応じて自社株買いを増やし、2014年には41億ドル(約4,500億円)に膨らみました。その後、同社は主力事業を売却して投資会社になっています。

このヤフーの例は企業の危機感を招き、新興のテクノロジー企業は防御を強めました。例えば、対話アプリのスラック・テクノロジーズは議決権が10倍の種類株を発行し、議決権の半数以上を創業者などで固めています。

アップルに自社株買いを要求

2013年、アイカーン氏は数十億ドルのアップル株を買い集め、アップルのティム・クックCEOに対し、自社株買いを実施するよう強く求めました。アップルは1,500億ドル以上もの手元資金を有しているので、株主還元を強化させようとしたのです。

2013年8月にアイカーン氏は、クックCEOと自社株買いについて話し合ったとツイートしました。その翌日、アップルの株価は5%上昇。アイカーン氏が投資対象の企業の株価に、大きな影響を及ぼしていることが明らかになりました。

この要求をきっかけに、アップルは2012年から2015年末までの間に900億ドルの自社株買いを実施することを決定。さらに2017年3月末までに、累計1,400億ドルという史上最大規模の自社株買いを決定しました。

著名なアクティビストであるアイカーン氏は、80歳を超えても精力的な活動を続けています。今後もアイカーン氏の動向に注目したいところです。