先週のレポートで「市場としては安定重視の岸田さんに決まってよかった」と書いたけど、とんだ見当違いだった。僕の見方が外れたことを素直にお詫び申し上げます。なぜ見立てが違ったのか?岸田さんは「話をよく聞く」方だという。であれば市場の声にもっと耳を傾けるひとだろうと思っていた。何もこのタイミングで金融所得課税の話を、こんなに全面的に押し出すとは予想していなかったのだ。
「分厚い中間層を再構築する」というものの、成長戦略がなければ分配だけでは成し得ない。前回のレポートでも述べた通り、生産性の上昇を伴わない賃上げというものは実現しない。令和版所得倍増計画がいかに羊頭狗肉かということについては「新潮流」で書いた通りだ。
つまり、所得倍増も賃上げも、どだい、不可能だということが見えている。だから「格差是正に取り組んでいるというポーズ」を国民に見せる必要がある。それが金融所得課税の見直しだ。ポピュリズムなのである。
「格差是正の新しい資本主義」は、一歩間違えばバーニー・サンダース氏ばりの民主社会主義に近いものになりかねない。
代表的な新自由主義の信奉者、マーガレット・サッチャー元英国首相はかつてこう言った。
「金持ちを貧乏にしても、貧乏人が金持ちになるわけではない。」
格差が拡大するのは、ピケティが指摘したように r > g 、資本のリターン(r)が国民所得の成長率(g)を常に上回るからだ。岸田政権がやろうとしている金融所得課税は増税によってrを下げようということだ。そうではなく、gを高める方策を検討するべきだ。
こんなに低い成長率では令和版所得倍増計画は無理だ。しかし、10年で倍増できる方法がある。投資である。株式投資のリターンなら10年で均して年率7%を期待するのは無理ではない。10年7%複利で運用すれば元本は倍になる。
日本銀行が発表した2021年4~6月の資金循環統計によると、6月末時点で個人(家計部門)が保有する「現金・預金」は前年同期比4.0%増の1072兆円で、過去最高だった。コロナの影響もあるが、将来に不安を感じる個人は給付金をもらっても消費に回さず、預金が積み上がるだけだ。この預金は金利がほぼゼロで眠ったまま、いわば「死に金」である。この「死に金」を有効に使って経済を回す ‐ それが日本にとってもっと重要な経済政策だろう。だからこそ「貯蓄」から「投資」へとずっと政府は旗を振ってきたのではなかったか。
東京証券取引所などが発表した2020年度の株式分布状況調査によると、21年3月末の個人株主数は1年前から308万人増え過去最高の延べ5981万人だった。日本証券業協会によると20年度はネット取引の口座数が19年度比13%増えた。伸び率は過去5年で最も高い。若い世代ほど新規開設に積極的で、20代以下の口座数は4割強増え、30代も2割増となった。若い人は長期の株価低迷を経験していない。30代も運用序盤にリーマン危機があったものの、その後株価は回復した。どちらも少額投資非課税制度(NISA)など国の投資促進策の後押しを受けた世代だ。
いまこそ株式投資を国民に根付かせ、真剣に「貯蓄」から「投資」への流れを促進するべき時である。それこそが一番確信度の高い成長戦略であり、ほぼ唯一、所得倍増の可能性のある戦略だ。金融所得課税の議論はその正反対であり、断固反対である。