◆プロ野球の名監督、野村克也さんは、当たり前だが選手としても超一流だった。捕手で三冠王は日米通じて野村さんだけだ。しかし野村さんのプレーの神髄はそのキャッチングの技術だ。ストライクゾーンぎりぎりのボール球をはじめはわざとミットを外に流すように捕球する。「ボール」だと強調するためだ。次に同じコースにきた球を今度はバシッとミットを動かさないで捕る。すると球審はストライクと判定してしまう。打者にしてみれば最初も二回目も同じ球だから当然「ボール」と思い手を出さない。かくして見逃し三振の出来上がりだ。

◆野村さんのような高等テクニックで審判の目を欺くのはプロ・スポーツの「技」のひとつだと観客も納得するだろう。しかし、基本的に競技のジャッジは正確であるべきだ。そこで昨今は多くのスポーツの試合でビデオ判定が行われている。ビデオで確認すればインかアウトか、違反があったかなかったかが正しく判る。良いシステムだと思うのだが…。

◆オリンピック男子バレーボールの日本×イラン戦。第3セットはジュースでもつれる大接戦となったが最終的に31点目を取ったイランが奪った。そのカギを握ったのがビデオ判定だった。バレーボールでは、判定に不満があった場合、両チームに1セットにつき2度の「チャレンジ」が認められている。「チャレンジ」とはビデオ判定を要求する権利のことだ。この試合の第3セットでイランは2度の「チャレンジ」を使い果たしたのだが、判定を巡ってレフェリーに猛抗議。その圧力に押されたかのようにレフェリーがビデオ判定を要求する「レフェリーチャレンジ」が行われ、その結果、日本が第3セットを失う結果となったのだ。

◆試合はフルセットの末に日本がイランを破り、29年ぶりの決勝トーナメント進出を決めたが、なんとも後味の悪さが残った。ビデオで確認したのだから判定は正確だ。その点に批判の余地はないが「チャレンジ」に関するルールが曖昧なのが問題である。レフェリーに猛抗議すれば結果としてビデオ判定に持ち込めるなら、1セットにつき2度の「チャレンジ」というルールは有名無実と化す。

◆こんなことなら「人間の」審判は要らない。すべてビデオやセンサーで判定するようにすればいいのではないか、と思ってしまう。「正確さ」を追求するならそれが正解だろう。但し、冒頭に引いたような審判との駆け引きも含んだ試合の妙というものはなくなってしまう。以前にも書いたことだが世界最先端の高速取引システムを擁するニューヨーク証券取引所はいまだに立会場にフロア・トレーダーを残している。市場は生き物だけに完全に効率性や正確性だけを追求するのが最適解ではないことを肌感覚でわかっているのだろう。