各国当局がバイナンスへ警告
5月にビットコインの価格が暴落して以降、暗号資産への規制を強化する動きが世界的に続いている。中国はマイニング禁止措置を発表し、米国はステーブルコインに関する規制を議論し、韓国は暗号資産取引所への登録制を導入した。このような中、かつてフェイスブックがデジタル通貨プロジェクト「リブラ(現:ディエム)」について各国当局から厳しい目を向けられたように、大手暗号資産取引所バイナンスに対する取り締まりが集中している。
2021年6月末頃に英国の金融当局は一切のライセンス等なしに国内で事業展開しているバイナンスに対して警告を発した。7月に入ってからもイタリアやポーランド、リトアニア、ケイマン諸島など欧州諸国がそれぞれ無許可で活動するバイナンスを名指しで警告した。これを受けてバイナンスへの支払いを停止する金融機関が相次ぎ、バイナンスはポンドとユーロの入金サービスを一時停止する事態に追いやられた。さらにドイツの金融当局が法令違反の疑いを指摘していた株式トークン(実際の株式を裏付けとするトークン)の取り扱いも停止した。
欧州以外の国においてもバイナンスへの風当たりは強まっている。英国と同じ2021年6月末頃に、金融庁は未登録のまま日本居住者へサービス提供していたバイナンスに対して2度目となる警告を公表した。バイナンスは2018年のビットコイン暴落後にも金融庁から同様の警告を受けていた。また、シンガポールと香港の金融当局もバイナンスに対してそれぞれの規制に準拠したライセンスの取得を呼びかけた。タイでは証券取引委員会(SEC)がバイナンスを刑事告訴し、バイナンスは法令違反による罰金を求められている。
バイナンスへの警告と自律分散型組織(DAO)
バイナンスは300以上の銘柄を取扱い、取引高では米国のコインベース【COIN】を大きく上回る、世界最大規模の暗号資産取引所である。独自の暗号資産として取引所のユーザーが手数料の優遇などを受けられるバイナンスコイン(BNB)を発行しており、このBNBを基軸通貨とする「バイナンス・スマート・チェーン(BSC)」と呼ばれる独自のブロックチェーンの開発もリードしている。分散型金融(DeFi)の領域においてもイーサリアムと並んで多くのサービスがBSC上に開発されており、今やBNBは暗号資産の時価総額ランキングにおいて4位に位置している。これほどにオリジナリティがあって取引所として成功しているバイナンスだが、今になって各国当局から警告を受けている背景には分散型社会を重んじる彼らの成長戦略があった。
ここでコインベースのナスダック上場を祝ってバイナンスが残した言葉を紹介したい。
「Congrats on your IPO, Coinbase.You take care on Wall Street. We’ll take care of all streets.」
「上場おめでとう、コインベース。あなたたちはウォールストリート(米国)を気にかけていなさい。私たちはオールストリート(全世界)を相手にします。」
この言葉が示すようにバイナンスは特定の国に依らない形で事業を展開してきた。そのことを強調したいがためか、現在まで本社の場所を明かしていない。「CZ」の愛称で親しまれている創業者のジャオ・チャンポン(Zhao Changpeng)氏はメディアのインタビューにおいて「われわれは共通の目標に向けて働く人の集まりで、世界中に存在している」と語っている。暗号資産の世界では特定の中央管理体なしにスマートコントラクトをベースに機能する組織を「自律分散型組織(DAO)」と呼ぶが、バイナンスはいつの日か、まさにDAOのような組織として存在することを目指しているのかもしれない。
このような組織としてのあり方は、暗号資産愛好家からは賞賛される一方で、国という立場からは問題視されている。一般的に企業として事業を行なうためには特定の国に属したうえで、各国のルールに従いつつ、利益の一部を税金として本国に納めなければならない。バイナンスはこれまで法網をくぐりながら取引所を運営してきたが、暗号資産市場が拡大するなかで各国当局もバイナンスの存在を無視することができなくなり、その抜け穴がきつく閉ざされようとしている。
確かにバイナンスが従来型の企業として各国の規制にかかることは短期的には避けられないだろう。しかしながら、将来的にバイナンスが完全なDAOへと移り変わり、国ごとのルールを適用することが難しくなる可能性はある。バイナンスが開発を手がけるBSC上には分散型取引所(DEX)を含む数多くのサービスが存在するため、本来の中央集権型取引所(CEX)が事業として成立しなくても、分散型コミュニティの一部として活動を続けることができる。BSCはイーサリアムに比べて分散性に劣っているとの指摘もあるが、仮にバイナンスがBSC上のトークンエコノミーへと組織を移行したときに、バイナンスはどの国に属していると言えるのだろうか、あるいはそもそも「企業」なのだろうか。
このような管理者不在のものを国がどのように規制することができるかについては、まだ対策がはっきりしていない。DeFiを金融サービスとしてどのように取り締まるべきなのか、DAOを企業としてどのように取り締まるべきなのかといった議論を重ねるなかで、それが少しずつグローバルに確立されていくだろう。その足がかりとして今回のバイナンスへの警告を捉えると興味深い。果たして各国の金融当局はバイナンスをどこまで規制することができるのだろうか。
バイナンスへの警告を受けたビットコインとバイナンスコインの見通し
各国規制によってバイナンスの活動が抑え込まれるなかビットコイン(BTC)は軟調な推移が継続した。中国におけるマイニング規制に続いて、業界最大手の暗号資産取引所に対する取り締まりがビットコインの見通しにさらなる影を落とした。
ビットコインの下落を受けて、バイナンスが発行するバイナンスコイン(BNB)も価格を下げた。ビットコインの下落時には総じて他のアルトコインも価格を下げる傾向にあるが、各国当局によるバイナンスへの警告が相次いだ6月末頃から7月初頭にかけてはBNBがビットコイン以上に売られていたことがわかる(図表2)。
BNBは総発行量が2億枚で、最終的に総発行量が1億枚になるまで、四半期ごとにバイナンスの取引量などに応じて一定量が償却(バーン)される仕組みとなっている。これによって市場の供給量が減少するため、四半期ごとのバーンはBNBの保有者にとって価格の上昇が期待できるイベントとなっている。
7月19日には16回目となるBNBのバーンが2021年Q2に対応して実施された。バーンへの期待からBNBはその日にかけてやや買い戻されたが、ビットコインの価格が低迷していることに加えて、バイナンスの規制リスクが強く警戒されたこともあり、その後の相場へのポジティブな影響はほとんど見られなかった。
バイナンスに対する取り締まりの動きが落ち着くまでは、短期的にビットコインとBNBの売りを招く恐れがあるだろう。しかし、バイナンスは世界中をカバーする形でいくつかの子会社を持っており、それぞれで順に規制に対応しながら事業を継続していくものと思われる。
また、たとえバイナンスの企業としての立場が危ぶまれようとも、BNBの支持者がいる限りはBSC上の経済活動が止まることはない。むしろ規制をきっかけにバイナンス民によるBSC経済圏への大移動が起これば、結果としてビットコインとBNBをはじめとする暗号資産市場の拡大につながることも考えられるだろう。