激しさを増す国家間対立や、一部での非民主的な体制移行などを背景に、制裁措置の発動が活発化する傾向が見られる。この制裁、国際的な事業・投資活動を営む者にとって最も対応が困難な制度変更リスクの1つと言えるのではないだろうか。
制裁とは?
制裁(経済制裁:economic sanctions)は、外交・安全保障におけるツールの1つで、多用されるようになったのは冷戦終結以降とされる。外交と軍事行動の間に位置し、即効性には乏しいが軍事行動に比べ低コスト、低リスクの措置と認識されてきた。
制裁発動の理由は主権侵害、人道上容認されない行為、安全保障上の協定違反、貿易・金融ルール違反、テロリズムなど様々で、対象も国家、団体、個人、特定の行為など多岐にわたる。手段も多様で、貿易制限、金融取引の制限、渡航制限、国際援助の停止などが時に複合的に行使される。
こうした制裁は、対象に経済的圧力をかけ行動変容を促すことを一義的な目的とするが、時に政治体制の変革をもたらすなど、様々な形で波及する。
成否を左右する「設計」と「強制力」
制裁に実効性を持たせるには、「設計(design)」と「強制力(enforcement)」が重要とされる。
「設計」では、対象にとって「現実的に妥協可能な」目標設定と、それに向けた戦略が求められる。また制裁を唯一の手段とせず、外交や軍事とのベストミックスを追求することが望まれている。
一方、制裁により一般国民が困窮を強いられる副次的被害の深刻化は人道面の弊害が大きい。そのため全米同時多発テロ以降は、「対象を定めた制裁(targeted sanctions)」が主流になり、対象を指導者層や国策企業などに絞るケースが増加している。
「強制力」を高めるには、多数国による強固な合意を形成することが望ましい。代表例は国連制裁だが、決議に国際連合安全保障理事会(UNSC)で常任理事国(米国、中国、フランス、ロシア、英国)全ての同意を得た上で必要な数の賛成票を集めなければならず、最近は常任理事国間での利害衝突も多いためほとんど成立していない。
また、実は国連制裁は加盟国の責務が弱く、実効性は各国の取り組み次第という弱点がある。そのため、近年では個別国による独自制裁が主流になり、中でも米国、欧州連合(EU) が歩調を合わせた制裁は幅広い同調を得られること、違反への罰則が重いことなどから「強制力」が高いと見なされてきた。
制裁の効果
制裁の真の効果は、制裁対象に与える経済的ダメージの大きさで測られるものではない。あくまでも対象の行動を適正な方向へ変容させることだ(注1)。しかし近年では制裁を通じて短期に対象の行動が是正されることは稀で、制裁プログラムが解除されることなく長期化、累積していく傾向にある。
「設計」の観点からは、まず「現実的に妥協可能」な目標設定が困難だ。例えば強権的で独裁色が強い指導者の場合、外圧への屈伏は政治的地位ばかりか生命さえリスクにさらすことにもつながり、制裁は対象者をしばしば「瀬戸際戦略」に走らせてきた。
また、対象を定め(絞り)ながら効果を求めることも難しい。国民生活への影響を極小化する限定的な措置では、指導者に対する国民からの圧力を高められないからだ。さらに基幹産業などにダメージの大きい制裁は、時に制裁発動側に対する国民の反発を買い、指導者の支持を強めてしまう結果さえ招いてきた。
制裁に「強制力」を備えるのも困難になっている。欧米主導の制裁が同盟国や経済的依存の高い国などに対し、強い示威性を持ってきたことは間違いない。ただ、ここ数年は当の欧米の協調体制に乱れが目立ったことに加え、対抗する国家の経済力が向上、被制裁国を水面下で支援するなどして効果を減じてきた。
バイデン米政権への交代により、トランプ前政権下で軋みを見せた欧米の協調体制が修復される気配もあるが、双方の利害に相違が目立ち始める中、理念のみで実効性を回復できるような真の協調を見出せるかは、いまだ未知数だ。
「設計」「強制力」にこうしたほころびが大きくなっていることは、制裁に期待される紛争解決機能の低下を暗示していると言える。
制裁解除のハードルは低くない
以上は、主に欧米側に立った議論だが、過去数年を振り返ると特に米国が政治的動機で制裁を乱発してきたことも否めない。これまでの条件反射的な制裁の応酬が、落とし所を十分検討したものであるかも疑問である。そして制裁の趣旨からすれば、対象国の行動が是正されない限り解除もないということになる。制裁の性格がより示威的なものに変容してきたと見られる今、事業者、投資家にとっては制裁の解除を過度に期待しない戦略の構築が求められることになりそうだ。
(注1)この観点から米会計検査院(GAO)は制裁の効果について検証している。それによると米政府における主な制裁発動主体(財務省、国務省、商務省)では経済的なインパクトに関わる評価は行っていても、政策目標達成への貢献度を評価することは困難と見ているようだ。制裁の効果を他の要因から切り離すことが難しいこと、政策目標・対象がしばしば変化すること、信頼性のあるデータが時に不足していることなどがその理由である。
コラム執筆:田川真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所