公的年金の本質は「貯蓄」ではなく「保険」

公的年金に関する勘違いは多岐にわたっており、多くの間違った知識が溢れているのだが、「公的年金の本質」を正しく理解すれば、そうした勘違いのかなりの部分は解消されるのではないかと思っている。

公的年金というのは老後の生活のために保険料を払い込んで貯めておき、それを65歳からになったら受け取る「貯蓄のようなもの」だと思っている人が多いようだ。しかしながらこれは大きな勘違いである。年金の本質は「貯蓄」ではなく「保険」なのだ。

そもそも「貯蓄」と「保険」はどう違うのだろうか。ごく簡単に言えば、
貯蓄=将来の楽しみのために自分で蓄えるもの
保険=将来の不幸に備えてみんなで準備するもの

ということである。

つまり、貯蓄と保険はその目的が正反対なのだ。「楽しみ」と「不幸」、「自分で備える」のか「みんなで準備する」のかの違いである。したがって年金は保険なのだから損得で考えるのではなく、保険と同様「安心を得るためにある」と考えるべきなのだ。

保険の場合、多くの人は保険料を払っておけば将来病気や怪我という不幸に見舞われても経済的に困らないという安心感を求めて入る。保険で儲けようと思っている人はいないはずだ。(もっとも一部には保険で儲けようとして失敗している人もいるようだが)

生命保険で一番大儲けできるのは契約した直後に死ぬことだ。なぜなら保険料はまだほとんど払っていないのに保険金が入ってくるからだ。しかしながら死んでしまってから損だ得だと言っても意味がない。公的年金も同じことなのである。

公的年金が保険だというのであれば、それは一体どんな不幸に対するものなのか、そしてどんな安心感を得られるのだろうか?

年金はどれだけ長生きしても途絶えることがない収入

公的年金の最大の役割は「年を取って仕事ができず、収入がなくなってしまった時の生活保障」にある。これは「老齢年金」と呼ばれているものだ。普通のサラリーマンが20歳から60歳まで40年間保険料を払い続けた場合、65歳から受け取れる年金は夫婦であれば月額約22万円である。(※)(片方が専業主婦(夫)の場合)単身者の場合を同じ基準で見ると月額約15万円だ。この金額が終身、つまり死ぬまで支給されるのである。

もちろんこの金額だけで生活できるかどうかは人によって異なるだろう。足りないのであれば自分で貯蓄なり投資して準備することが必要になるが、まずは大前提として、いくら長生きしてもこれだけの金額を死ぬまで受け取れる「保険」の機能を持った年金があることを知っておくべきだろう。

ところが「年金は早くもらわないと損だ」とか「早く死んだら元がとれない」と考える人がいる。それは貯蓄だったらその通りだろう。だが保険の場合は損得の意味はあまりない。早く死んだら元がとれないというが、死んでしまえば損得なんか関係ないからだ。一番大事なのは、どれだけ長生きしても決して年金という「収入」が途絶えることがないという安心感にあるのだ。

公的年金のカバー範囲は多岐

さらに公的年金がカバーする範囲は老齢年金だけではない。病気や怪我で障がい者になった場合は、年齢に関係なく「障害年金」が受け取れるし、もし自分が死亡した場合、遺族に対して「遺族年金」が支払われる。ここでは詳細に触れないが、この遺族年金もそれなりの金額が支給されるので、生命保険に加入するにあたってはこの遺族年金の金額を知った上で入るのが良いだろう。

実はこの「年金の本質は保険である」ということを知る人はあまり多くないようだが、逆に言えばこれがきちんと理解できれば年金の誤解の内、8割ぐらいは解消すると言っても良いだろう。この年金の本質をしっかりと頭の中に入れておくべきである。

 

※ 「令和2年度の年金額改定について」(厚生労働省)より