◆先日のNikkei Styleに掲載されたヤマザキマリさんの「10歳で訪れた香港」というエッセーを読んだとき、「ああ僕と同じだ」と思った。僕も10歳の時、両親と香港を訪れた。46年前のことである。ヤマザキさんが書いている通り、パスポートにはイギリス領事館のビザと検疫の予防接種証明書が貼られた。証明書の色は黄色だった。それをイエローカードと呼ぶことは後年知った。以来、半世紀近くにわたって香港と付き合ってきた。もっとも足しげく通ったのはアジア株のファンドマネージャーをしていた90年代だ。香港をハブにしてアジア各国を飛び回った。

◆この【新潮流】でも何度か香港を取り上げた。中国返還とアジア通貨危機から20周年の時には、こんなコラムを書いている(「香港カーブ」)。そこでも触れた香港ドルが今再び注目を集めている。中国が香港の国家安全法制導入を決定し、米国が反発して香港に与えてきた貿易面などの特別優遇措置の廃止手続きを始めるなど香港ドルの米ドルペッグ制が今後も維持できるのかという懸念が一部で浮上している。

◆結論から言えば、香港のドルペッグ制は、香港(と中国)自身がやめようと思わない限り維持される。昔、英国ポンドが欧州為替相場メカニズム(ERM)からの脱退を余儀なくされたような投機筋からの攻撃でペッグ制が崩されることはない。詳しくは香港の通貨制度を解説した文献にあたってほしいが、要点をひとつ述べると、香港のペッグ制度は市場メカニズムを利用しているからだと言える。香港ドルの市場レートが固定レートから香港ドル安に乖離した場合、安くなった香港ドルを買って銀行に持ち込めば7.8香港ドルでいつでも米ドルに交換できる。固定レートから乖離すればするほど抜けるサヤが大きくなるので、アービトラージが効いてペッグ制が保たれるという仕組みだ。

◆香港には中央銀行がないため香港ドル札は香港上海銀行、スタンダード・チャータード銀行、中国銀行(香港支店)という3つの民間銀行が発券している。考えてみればそれも不思議な話だ。通貨とは国家の信用をバックに発行されるものだとすれば、米ドルとの完全兌換を担保している香港ドルの場合は米国の信用に裏付けされている。上述の「香港カーブ」でも書いたが、だからこそ様々な矛盾が表出し問題となっている。

◆この先、香港はどうなっていくだろう。「香港カーブ」の結論と大きくは違わない。香港はこれからも様々な矛盾を抱えながら微妙なバランスのなかで存続し続けていくだろう。「貧しさも裕福さも混然一体となった街の様子は、さながら生存競争を懸けた人間のジャングルのようだった」とヤマザキさんは書いている。そうやってサバイブしてきた都市である。そうかんたんに消えてなくならない。