このレポートのまとめ

1.ワープ・スピード計画に採用される企業が決定
2.採用企業の株価が動かなかった理由とは
3.ワクチン開発、今後の展開

ワープ・スピード計画に採用される企業が決定

ニューヨーク・タイムズが伝えたところではトランプ政権が押し進めている新型コロナウイルス向けワクチン開発を迅速に進める「ワープ・スピード計画」に採用される企業が固まりました。

それらは以下の各社です。

モデルナ(MRNA)/ロンザ
オックスフォード大学/アストラゼネカ(AZN)
ジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)エマージェント・バイオソリューションズ(EBS)
メルク(MRK)
ファイザー(PFE)バイオンテック(BNTX) 

正式発表は向こう数週間のうちに行われるとのことです。

すでにオックスフォード大学/アストラゼネカ、ジョンソン・エンド・ジョンソン/エマージェント、モデルナの各社はトランプ政権からこれまでに合計22億ドルの資金を得ています。

トランプ政権はさらにこれら5社に追加資金を与え、ワクチン量産を支援します。

競争は始まったばかり

同計画に採用されるということは、いわば競争のスタートラインに並んだことを意味し、これが終わりではありません。

今後、各社はそれぞれ開発中のワクチンの臨床試験を進めてゆく必要があります。それと並行して、いまからそのワクチンを大量に生産しはじめなければいけません。

ワクチンが米国食品医薬品局(FDA)から承認される保証は無い

ワクチンが臨床試験の結果、米国食品医薬品局(FDA)から承認される保証はありません。実際、今回選ばれた5社のうち、実際に承認されるのは1~2社かも知れないし、場合によっては全滅するリスクも未だ残っています。

ワクチンの量産に成功する保証は無い

また、ワクチンの量産は大変技術的に難しいです。ですから仮にワクチンがFDAから承認されたとしても、量産に失敗して約束したワクチンを米国政府に納入できなくなる業者が出ることも予想されます

このようにワープ・スピード計画は未だ不確実性に満ちており、「もう安心!」と枕を高くして寝ることは出来ません。

採用企業の株価が動かなかった理由とは

先日、ニューヨーク・タイムズがこのニュースを報じたとき、ワープ・スピード計画に採用された5社の株価はあまり動きませんでした。これと対照的に採用されなかった企業の株は急落しました。

採用された企業の株価が動かなかった一因は、契約総額が明示されなかったためです。

米国政府の予算を策定するのは下院の仕事であり、今回の計画のように巨大な資金を政府が出す場合、先ず下院が予算法案を提出、可決し、それを上院に回し、スーパー・マジョリティー(=60%以上の賛成)を得たうえで大統領の署名をとりつける必要があるのです。

このような正式な手続きを経ていないため、契約金額を採用企業に通知できないというわけです。

ワープ・スピード計画に採用されなかった企業は「もうワクチンの開発をしてはならない」と言われているわけではありません。連邦政府のプログラムに採用されなかったとしてもワクチンを完成し、それを米国以外の国に売ればいいわけです。

ただワープ・スピード計画では5社がそれぞれ3万人規模の臨床試験を行います。それは合計15万人という巨大なスケールでの臨床試験が行われることを意味し、ワープ・スピード計画に採用されなかった企業が米国で臨床試験を進めることは実質的に困難になってしまいます。

このため既にワープ・スピード計画に採用されなかったイノヴィオ・ファーマスティカルズ(ティッカーシンボル:INO)は「臨床試験を韓国に移す」と発表しています。

ワクチン開発、今後の展開

ワクチンの「作り置き」は今からスタートする

ワープ・スピード計画に採用が決まった5社は直ちにワクチンを大量に作り置きする作業に入ります。それと並行して臨床試験も出来る限り速いスピードで行うことになります。

一番先行している企業はモデルナ/ロンザとファイザー/バイオンテックです。これらの企業は早ければ7月にも第3相臨床試験に入りたい考えです。

オックスフォード大学/アストラゼネカは既に第1相臨床試験を英国で行っていま。しかし被験者の数が足らないリスクがあるため、ひょっとすると今後の臨床試験を米国に移す可能性があります。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは9月に第1相臨床試験を行う予定でしたが、このスケジュールは前倒しされる見込みです。

メルクは非営利科学研究団体IAVIと組み、新型コロナウイルス向けワクチンを開発します。同社のアプローチは遺伝子組換え水疱性口内炎ウイルス(rVSV)技術を援用します。rVSVはザイール・エボラ出血熱ワクチン、ERVBOで使われた実績があります。メルクのワクチンは2020年のある時点で臨床試験に入る予定です。

これらの銘柄に投資する際の注意点としては臨床試験が動いている間は「どうもこのワクチンは効き目が無さそうだ」や、「ひどい副作用が認められ臨床を中断せざるを得ない」などの悪いニュースがいつもたらされるかわからない点です。

臨床試験はリスクに満ちており、デザインが難しい

第3相臨床試験はとりわけ臨床試験のデザインが難しいです。それというのもワクチンの効果があるかどうかを知るためには新型コロナウイルスが猛威を振るっている地域で、健康なボランティア被験者に試作品ワクチンを投与する必要があるからです。

地域の選定を間違えると、そもそも新しい陽性者が少なすぎ、ワクチンの有効性を立証できないという最悪の事態も想定されます。

このところ全米各地でデモ行進や暴動が起きていますが、そのような人々が密集する場所は将来、クラスター発生のリスクを孕んでいます。すると臨床試験を実施する場所を選定する際、わざとそのような騒然とした地域を選ぶという方法が考えられます

このエピソードひとつからもわかるようにワクチン開発は科学の挑戦という事にとどまらず、社会学的な考察、さらには「運」などにも左右される、たいへん困難な道のりなのです。