このレポートのまとめ

1.買い場を提供しているワクチン株
2.モデルナの公募がセンチメントの悪化の原因
3.ファウチ博士はモデルナを擁護
4.モデルナのワクチンは引き続き有力候補
5.ファイザー/バイオンテックは直ぐ後を追いかけている
6.アストラゼネカは既にトランプ政権から巨額のコミットメントを取り付けた
7.ジョンソン・エンド・ジョンソンは伝統的な手法でワクチン開発している
8.メルクも満を持してワクチン開発に乗り出した
9.順番から言うとポジティブなニュースが先になる

買い場を提供しているワクチン株

新型コロナウイルス・ワクチン株が買い場を提供しています。ワクチン株が下げた理由には1.公募増資による需給の悪化、2.臨床試験で気分が悪くなった被験者のエピソードが報道された、などが影響しています。

しかし各社のワクチン開発プロジェクトの臨床試験はこれから佳境を迎えます。一方、トランプ政権はワクチン開発と供給を迅速に進める「ワープ・スピード計画」を発表しました。この計画で採用するワクチンが発表されれば、今後ワクチン開発を巡るニュースは再び建設的なものが多くなることが予想されます。その意味で今、ワクチン株は買い場を提供していると考えます。

モデルナの公募増資

5月18日、新型コロナウイルス向けワクチンを開発しているモデルナ(ティッカーシンボル:MRNA)が76ドルで1,760万株の公募増資を行いました。その公募増資の直前に「第1相臨床試験の結果は上々だ」というニュースリリースを会社側が出したこともあり、株価が高値圏を舞っているタイミングでの増資でした。

その後、モデルナ株は公募価格を割込み、下落基調に転じています。センチメントが暗転した原因のひとつは会社側のニュースリリースが詳細に乏しく、小さなサンプル数だけに依拠している点が指摘された事にあります。

それに加え、公募の後で臨床試験に参加していたボランティアの被験者の中から、ワクチンを投与された後、気分が悪くなり、吐き気、高熱を出し、最後には失神したという例が出たことも同社株が売られる原因となりました。

ファウチ博士はモデルナを擁護

トランプ政権で新型コロナウイルス対策を総指揮しているアメリカ国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長のアンソニー・ファウチ博士は、メディアからの質問に「モデルナのニュースリリースは、それを出した時点で会社側が把握していた限られた情報のみに依拠せざるを得なかった。しかしその後、臨床結果の続報が入っており、そのデータは私のところにも報告された。そのデータを私自身が確認したが、内容は良かった」と答えています。

この発言から、モデルナが「ワープ・スピード計画」採用候補の最右翼である事実には変更は無いと考えます。

臨床試験にリスクはつきもの

また、モデルナのワクチンを投与されたことで気分が悪くなった被験者のニュースですが、その後の報道で、被験者は標準投与量の10倍の強さのワクチンを投与されていたことがわかりました。

このように投与量を多くしたり、少なくしたりすることは最適な投与量を決める際に避けては通れない標準的な臨床手法であり、それ自体に違法性や道徳違反はありません。本人が同意の上で行われたことです。

一歩下がってワクチン市場全体を見回した場合、現在米国食品医薬品局(FDA)に承認され、広く一般に使用されているワクチンの中にも、注射されると気分が悪くなり高熱が出るようなワクチンはザラにあります。したがって、そのような副作用が出る事が非承認の理由になるとは限らないでしょう。

モデルナのワクチンはmRNA技術に依拠しており、現在第2相臨床試験に進んでおり、7月に大規模な臨床試験が実施される予定です。

ファイザー/バイオンテック

モデルナの次にワクチン開発競争で先頭を走っているのが、ファイザー(ティッカーシンボル:PFE)とバイオンテック(ティッカーシンボル:BNTX)の企業連合です。

バイオンテックはドイツのマインツに本社を置くバイオテクノロジー企業です。同社のワクチンもmRNA技術に依拠しています。

mRNA技術は言わばソフトウェアのプログラミングに似た手法によりワクチンを開発するため、試作品完成までに要する期間が短いです。またmRNA技術はワクチンを投与された被験者が間違ってその感染症そのものに罹ってしまうリスクがほぼありません。

その反面、mRNAは新技術なので未だこれに依拠したワクチンが承認された例は過去にひとつもありません。つまり未知数なのです。

ファーザー/バイオンテックのワクチン開発プロジェクトでは同時に4種類のワクチン候補の試験を進めています。その理由としてワクチンは被験者の体質や年齢によって効き目が異なるため、個々の状況に応じたキメの細かい創薬をすべきだと考えているからです。

オックスフォード大学/アストラゼネカ

オックスフォード大学とアストラゼネカ(ティッカーシンボル:AZN)が開発しているワクチンも期待を集めています。このワクチンは非複製的ウイルス・ベクター・アデノウイルス技術を援用しています。

既に第1相臨床試験は開始されており、7月をメドに大規模な第2相臨床試験を開始する予定です。

トランプ政権は先週、アストラゼネカに対し12億ドルを支払う代わりに1.3億回分のワクチンをアメリカに回してもらう約束を取り付けました。

ジョンソン・エンド・ジョンソン

ジョンソン・エンド・ジョンソン(ティッカーシンボル:JNJ)は非複製的ウイルス・ベクター技術に基づいたワクチンを開発中です。

同社は実際のワクチンの製造の際はエマージェント・バイオソリューションズ(ティッカーシンボル:EBS)を下請けに起用する考えです。

ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発するワクチンの第1相臨床試験は9月を予定しています。これはタイミングとしては少し遅いのですが、トランプ政権の「ワープ・スピード計画」ではアプローチの違う様々なワクチン・プロジェクトを複数採用することでリスク分散を狙っていると言われています。その意味でジョンソン・エンド・ジョンソンの伝統的な手法は魅力的だと言われています。

メルク

メルク(ティッカーシンボル:MRK)は非営利科学研究団体IAVIと組み、遺伝子組換え水疱性口内炎ウイルス(rVSV)技術に依拠した新型コロナウイルス向けワクチンを開発します。rVSV技術はザイール・エボラ出血熱ワクチン、ERVBOで使用された実績があります。メルクのワクチンは2020年のある時点で臨床試験に入る予定です。

メルクは経験豊かな製薬会社ですが、新型コロナウイルス向けワクチンの開発ではこれまで沈黙を守ってきました。その理由はワクチン開発の困難さをよく心得ており、開発に必要な技術(今回の場合はrVSV)をしっかり押さえてから動き出したいという考えがあったからでしょう。

まとめ

これから夏にかけてトランプ政権は「ワープ・スピード計画」に従って4種類前後のワクチン候補を選び出し、それらを大量に備蓄する予定です。そのため、これに選ばれた企業の株は上昇する可能性があります。

注意点としては「ワープ・スピード計画」に選ばれるということと、それが米国食品医薬品局(FDA)から承認されるということは別問題だということです。折角作り置きしておいたワクチンが結局FDAから承認されず、全部廃棄処分になるリスクもあります。

それを前提とした上で、ニュースの順番としては1. まず「ワープ・スピード計画」採用企業が発表される、2. その後、FDAからの承認が発表されるという順番なので、目先はポジティブなニュースの方が先にやって来ると考えられます。