果たして緊急事態宣言は出るのでしょうか?この原稿を書いているのは、金曜日の午後3時過ぎですが、今のところ今日は出そうではありません。今回の新型コロナウイルス問題では、世界の多くの国で、報道機関やジャーナリストが弾圧されたり排除されたり、或いは言論統制されたりしています。中国やイランがその最たる例です。しかしそれ以外にも、為政者(独裁者と書いた方が適切なケースも多いです)が権力基盤を対抗勢力との関係で強化するのに利用したり、或いは国家権力による国民の管理・統制を強めるのに利用されているケースが多く見られます。

これらは非民主主義の国家だけでなく、今まで民主主義国家と見られてきた多くの国でも、感染予防や治安の旗の下、国家や行政単位が私権を制限するケースが多く見られ、市民もそれを受け入れています。しかしこの治安からの私権制限の必要性と、民主主義からの私権の確保の重要性は、微妙でかつ極めて重要なバランスの上にあると思います。

日本は、得も云われぬ曖昧な国とも、政治的リーダーシップの欠如とも揶揄されますが、一方で、この私権制限をなんとか回避してきていて、元々アメリカが作った民主主義かも知れませんが、ぎりぎり頑張っていると私は思います。スウェーデンが似たアプローチを取っています。この民主主義のバランスを守るために、私たちは政府の命令ではなく、むしろ政府に命令させないように、自分たちの判断と行動で、社会を守り、市民生活と活動を守っていくべきなのだと思います。「自粛をしないと緊急事態宣言が出てしまう」などと云う単純な問題ではありません。

複雑で、かつ重大なテーマの前に、私たちはいます。もしかしたら戦後初めてのこの重大な時代の当事者として、しっかりと考えて行動していきたいと思います。