猛暑を前にした5月に日本全国を駆け抜けた「年金2,000万不足問題」も様々な解釈や対策について議論がなされ、ようやく落ち着きを見せてきたところですが、 今年はその公的年金の財政収支を点検する「財政検証」の年です。公的年金制度の状態は良好なのか悪化傾向なのか?
5月31日に掲載したコラム(※)でも財政検証に触れておられた森田聡子氏に、8月27日に発表された財政検証の結果を解説していただきました。対策を立てる前に、先ずは現状の理解から、ということでご参考になれば幸いです。
2019年現在の年金財政は“要経過観察”の状態
「年金だけでは老後資金が2,000万円足りない」問題が大きな反響を呼んだ2019年は、奇しくも公的年金制度の5年に1度の財政検証の年に当たります。財政検証とはいわば年金制度の“メディカルチェック(定期健診)”で、年金財政の収支を点検し、複数のシナリオにより長期の見通し(試算)を示すものです。
前回の財政検証(2014年)の結果は同年6月に公表されていますが、今年は発表時期が8月までずれ込みました。先の2,000万円問題もあっていつも以上に注目が集まる中、この27日にようやく発表とあいなったのです。
変に出し惜しみされるといろいろ想像してしまいますが、果たして日本の年金制度は大丈夫なのでしょうか?
結論から言うと、制度の状況は微妙です。社会保障審議会年金部会委員の一人が現状を評した言葉が、「完全に病気、完全に健康ということではなく、はっきり分からない。とりあえず心配することはないが、経過観察をしましょうという状態」なのですから。
以下、“要経過観察”の具体的な中身を見ていきましょう。
「サラリーマンの夫と専業主婦の妻」というモデル世帯(夫は厚生年金に40年間加入)を例に取ると、2019年度に65歳を迎える世帯の受給額は月額22万円。一方、現役世代の平均手取り収入(ボーナスを含む)は月額35万7000円。現役世代の収入に対し、リタイア世代がどれくらいの年金をもらえるかを示す「所得代替率」は61.7%になります。
国は将来に渡り、この所得代替率50%以上の維持を目指しています。
財政検証による試算結果を見ると、全部で6通りのシナリオの中で、経済成長率が最も高く、女性や高齢者の就業が進んだシナリオでも所得代替率は51.9%(2046年度)に低下します。最も悲観的なシナリオでは、国民年金の積立金がショートして完全賦課方式に移行することになり、所得代替率は36~38%まで落ち込みます。
「65歳以降も働いて、年金額を増やしましょう」
6つのシナリオの半数で所得代替率が50%を割るという状況で、厚生労働省が示した“処方箋”が、「65歳以降も働いて保険料を払い続け、その間は年金を繰り下げることで年金額を増やしましょう」というものです。
今回の財政検証の中では、年代ごとに何歳まで働いて年金を繰り下げたら、今年65歳を迎える人と同じ所得代替率をキープできるのかを試算しています。
それによると、成長率が横ばいの場合で現在25歳の人は68歳9カ月、同35歳の人は67歳9カ月、同45歳の人は66歳7カ月、同55歳の人は65歳5カ月まで働く必要があるという結果でした。
ちなみに、直近のデータ(2016年)による男性の“健康寿命”は72.14歳。予防医学の進歩でこの先健康寿命が飛躍的に延びるのであれば話は別ですが、誰もが70歳直前まで現役というわけにはいかず、“セカンドオピニオン”が必要になる人も少なくないのではないでしょうか。
なお、今回は「オプション試算」として、「保険料拠出期間の延長と受給開始時期の選択」などのテーマに沿った試算も行われています。事前予想通り、「繰り下げ受給できる期間を75歳まで延長」「在職老齢年金の縮小・廃止」といった項目が今後の制度改正に盛り込まれる可能性が高そうです。
前出の6通りのシナリオで「経済成長と労働参加が進む」とした標準的なケースでも約30年後にモデル世帯の年金額が2割近く目減りすることから、ウェブサイトや新聞の報道では「年金、30年後に2割減」の見出しが躍っています。
「2,000万円足りない」現在の先に待つのは「30年後に2割減」の未来。
年金不安が尾を引く中、今度はこの「30年後に2割減」がバズるかもしれません。