第二部は、羽生善治氏×松本大(マネックス証券 代表取締役 会長)スペシャル対談(進行:マネックス・ユニバーシティ長 大槻奈那)をお届けします。

投資と将棋は共通点がたくさんある

大槻:まず、第一部のお話はいかがでしたか?

松本:私は小説以外の本を読まないんです。例えばビジネス書などですね。でも羽生さんの本だけは読んでいます。また、人の話を聞くときにメモを取らないのですが、今日はいっぱいメモを取りました。

大槻:どんなところでメモを取りましたか?

松本:「直感」と「読み」のお話です。投資をするときにも、いろいろな可能性から選択していかなければなりませんから。羽生さんが仰ったように、投資も若いうちは理論的にこうなるのでは?と考える「読み」を重視して、年を重ねると、「直感」と「大局観」がついてきて活用できるようになります。こうやって年齢によってスタイルが変わって行く点も、将棋と投資の世界は似ていると思いました。

羽生:「読む」スキルを上げる方法は、比較的分かりやすいと思うのですが、感覚的なところはトレーニング法や勉強法が可視化しにくいと思います。そのあたりはどのようにされていますか?

松本:投資では結局「読む」ことが一番重要な気がしています。例えばマーケットで何かニュースが出たら、「こういう理由で株価が上がる」と仮説を立てます。その後の結果を見て、自分の仮説が合っていた、間違えていた、それはなぜか?と考える。それを繰り返すうちに、「直感」も身に付いてくるのだと思います。

大槻:「大局観」も経験を積むと身に付いてきますか?

羽生:将棋の世界もファッションと同じで、その時々でトレンドがあるんです。それを予測しながら勝負に行くのですが、これがよく外れるんです(笑)。外れそうだと思ったら修正をするの繰り返しで、何10年もやってきています。

松本:投資の世界にもトレンドがあります。オンライン証券ができて、個人投資家が増えてきたときに、取引の仕方のトレンドが変わってきまして。大変優秀なヘッジファンドトレーダーの友人の成績がボロボロになったこともありました。彼が調子を戻すのに1年半くらいかかっていましたね。

不調を乗り越える策とは?

大槻:負けてしまったり、失敗してしまったりしたら、そこから学ぶことはありますか?

羽生:はい。負けたときのほうが今後何をすべきかと課題が明確になりますから。勝ったときより、負けたときのほうが結果的に良かったというケースもあります。

大槻:では、伸び悩みの時期はどのように打開したらよいでしょうか?

羽生:ひとつは、必要以上に気分を落ち込ませないこと。日常生活に変化をつけることです。ふたつ目は、ただの不調か実力不足か見極めるということ。うまく行かない原因は、単に自分が弱いからということもありますし、見極めが難しいのですが。ただ、努力の方法は間違っていないけれど、まだ結果が出てないというケースもあるので、その期間をやり過ごす方法もあります。

大槻:気分を落ち込ませないために、どんなことをされていますか?

羽生:髪形を変える、部屋の模様替えをするなど、何でもいいです。膠着したところを少しだけ変えるだけでも気分が変わります。

松本:将棋と投資の世界で違うのは、投資にはポジションがあるということ。昨日買っているなら、今日は買っているところから始まるんです。昨日買ったものを今日も持っているということは、今日も買う判断をしたということ。ところが、判断をしないと何もしないということになり、ただ保有し続けることに。考え方が異なることになります。

昔ゴールドマン・サックスという会社でトレーダーのマネージャーをやっているときに、優秀なトレーダーの部下がいたのですが。彼は何かにハマってしまい、昨日から持っているものを、手離せなくなってしまいました。そのため、「明日から一週間ハワイへ行け」と命令しました。

彼からはハワイに到着した途端、「マーケットどうですか?」と連絡があったので、「全部売ったよ」と言ったら絶句していましたけど。1週間遊んで来たことで、元に戻ることができました。過去に縛られるのは投資の世界でもあるんですよ。

羽生:将棋の世界でもあります。対局中、悪い手を指すなどのミスをすると、条件反射的に自分で反省と検証を始めてしまうんです。もちろん反省と検証は必要なことですが、それよりも今は、目前にある局面を何とかしなければならない訳です。だけどつい考えてしまう…。うまく行かないときは過去のことを忘れたほうが、再び元の状態に戻りやすいと思います。

勝負!のときの感情コントロールと「長考」した場合の最終的な決断方法は

松本:将棋を指すときに感情はあるのですか?また、感情によって判断を間違えることはありますか?

羽生:人間ですから喜怒哀楽はあります。ただ感情を表に出すことはあまりよしとされていないです。また感情の起伏が激しいときは、判断もぶれやすいと思います。そういうときは気持ちを落ち着けて、考え直すよう心がけています。

松本:投資の世界でも、トレーダーでも感情による非合理的な判断を78%もしてしまうという理論がノーベル経済学賞を受賞しています。逆に感情をうまくコントロールできると勝てる訳ですが。でも羽生さんは、きちんと感情をコントロールしているイメージがあります。

羽生:いいえ、いつも色紙には「玲瓏(れいろう)」という言葉を書いています。これは、「明鏡止水」(邪念がなく済み切って落ち着いた心)のような意味なのですが、実際はそんなこともないです。

ただ、私は感情を否定するより、いかに上手く使うかが重要だと考えています。例えば、対局でイライラしているときは自分の状態が悪いのかな、と考えることができます。でも、うまく集中しているときは、イライラするどころか蚊が飛ぼうが、ハエが飛ぼうが気づきませんから。

大槻:ご講演の際に「長考」されるとのお話がありましたが、最終的な決断はどのようにされますか?

羽生:最終的に、AかBかで甲乙つけがたい場面ですね。そのときは、感情を優先させます。自分の好きな方であれば後悔もないですし、その後ミスをする可能性も少ないからです。また対局も、感情的なぶつかり合いがあったほうが面白い試合になることもあるんですよ。

自分を客観的にみる方法とは?

松本:お話を伺っているとご自身をすごく客観的にみられていますね。どうすればそういった姿勢を身に付けられるのでしょうか?

羽生:対局のとき、自分から相手を見ると同時に、相手から自分はどういう風に見えるのか、相手が何を考えているかを意識することを習慣にしています。プロ棋士の大先輩の加藤一二三先生は、実際に対局の相手側に移動されたりするのですが、さすがに私はできませんので、頭の中で考えています。

松本:投資にも常に相手がいるんです。自分が買うときは誰かが売っている、自分が売ったときには誰かが買っている、常に全く逆のことをやっている人がいる訳ですね。しかも自分は正しい、自分は勝つと思ってやっているんです。

羽生:相手は大多数の膨大な人たちですよね?

松本:マーケットの相手は100万人超。常に誰かが自分の100倍の情報を知っていて、自分よりも早く儲けようとしています。そうなると、普通に判断していたのでは、遅れを取ってしまうんです。

よく我々は、買うと下がる、売ると上がる、何で逆に行くんだろうと思いますね。原因は、自分の持っているマーケットの情報量の少なさにあります。あとは、マーケット全体と自分との比較が正しくできるようになると、素直に投資ができるようになります。

大槻:自分を冷静に見るということですね。

松本:はい。そして、将棋だと厳然たる勝ち負けがありますが、個人投資家の場合、勝ち負けを判断してくれる人がいないんです。判断基準は自分で自由に変えられますし。統計的に、ヘッジファンドのトレーダーの成績がいいのは個々の技術が優れているというより、上司がいるので、ルール通りに投資しているからではないかと思っています。

羽生:自分で自分の上司になれればいいですけどね(笑)。

成功している投資家はスタイルがある

松本:世の中の例を見るといろいろな投資家のスタイルがありますが、このスタイルが重要で。スタイルがずれて行ってしまうと、長く勝ち続けられなくなります。

羽生:自分なりの流儀の確立が大切なんですね。ちなみに、性格とスタイルに関連性はありますか? 慎重な性格の人は慎重なスタイルの人が多いなど。

松本:僕の経験から言うと関係ないですね。穏やかな人が車を運転すると急に人が変わったりしますけど、投資やトレーディングも同じようなところです(笑)。

大槻:それでは、最後にメッセージをお願いします。

羽生:過去20~30年で世の中は大きく変わり、これから20~30年も大きな変化が起きる変革のときを迎えています。未来への不安に備えると同時に、変化を恐れないで楽しんで、新しいものを受け入れて行ければいいと思います。

松本:羽生さんのお話で、オリンピック選手たちが楽しんで競技をするのが正解というお話がありました。「好きこそものの上手なれ」という言葉もあるので、投資も楽しんで、好きになって、前向きに取り組んでいただけたらと思っています。

第三部では桐谷広人氏(株主優待家)の「株主優待でエンジョイライフ」をお届けします。

 

本コンテンツは2019年8月3日(土)開催のマネックス20周年特別イベントの書きおこし記事です(イベントの内容を一部抜粋して掲載しています)。

 

ライター 阿部桃子
出版社、テレビ局勤務等を経て、フリーランスの編集・ライターに。主なジャンルはビジネス・教育・子育て。AERAwithKids「子どものお金教育」「子育て世代の初めての投資」特集ほか、起業とお金をテーマに執筆することが多い。株主優待券好きの家庭で育ち、子どもの頃から映画鑑賞にお金を払ったことがない。