2019年8月3日(土)にマネックス・ユニバーシティ主催による「マネックス20周年特別イベント」を東京プリンスにて開催しました。第一部は、特別ゲストとしてプロ棋士で通算勝利数歴代1位の羽生善治氏をお招きし、「先読む頭脳を投資に活かす!」をテーマにお話いただきました。

将棋の一手を決める3大ポイントとは

みなさん。こんにちは。棋士の羽生善治です。
マネックス証券20周年、おめでとうございます。本日は、「先を読む」ということをテーマにお話させていただきます。

一手を決めるとき、1番最初に使っているのは「直感」です。

将棋の場合、一手には平均80通りくらいの可能性があるのですが、まずは「直感」で、80通りのなかから2~3つの選択肢を選んでいます。

直感といっても、適当に選んでいるというわけではありません。例えていうならばカメラでの写真撮影。ピントを調整するとき、過去に自分が学んできたこと、経験してきたことと照らし合わせて、「ここが中心かな」と考えて、選んで行きますね。

このように、1秒にも満たないような短い時間で、今までやってきたことの集大成として、「直感」が現れてくるのです。

次は「読み」。これは文字通り、先を読む、シミュレ―ションをする、未来を予想するということです。

ただし、ここでは数の爆発という問題にぶつかってしまいます。なぜなら、可能性というのは足し算ではなく掛け算で出すためです。

仮に直感と読みで10手先を読もうとすれば、まず始めに直感で3つの選択肢に絞ったとします。次の手も3つの選択肢に絞ったとすると3×3となり、10手先を読もうとすると3の10乗=6万通り弱になります。コンピュータなら一瞬ですが、人間が6万通りのシミュレーションをするというのは素敵な話ではないですね(笑)。

1番最初に「直感」の段階で大部分の選択肢を捨てても、10手先の局面を予想するのは難しいのです。

そのため、3番目に使うのは「大局観」(物事の全体的な状況や成り行きを見ること)。具体的な一手を決めるというより、過去から現在に至るまでを総括し、これから先の方針や方向性、戦略、流れを考えるというものです。

大局観を使うと、ムダを省くことができます。例えば、大局観を使って、今は積極的に動いていったほうがいいと考えたのであれば、その方針に沿って動いて行くことになります。

ただ、大局観では幅広い領域を俯瞰できるのですが、大ざっぱなので正確性や厳密性には欠けてしまいます。ですから、その局面の状況に応じて、今は「読み」のほうに力を入れるのか、「直感」や「大局観」に力をいれたほうがいいのか、使い分けることになります。

プロ棋士には10~70代までの幅広い世代が160人くらいいますが、対局の際にこの3つを使うことに違いはないと思われます。ただ、年齢に応じて比重が変わってきます。

若い時、経験が少ない時は、「読み」の力に重きを置いて考えますし、ある程度年齢を重ねたら、「直感」や「大局観」が中心になって行きます。どちらが優れている、劣っているということではなく、アプローチの仕方が違ってくるのです。

じっくり考えれば考えるほど、良い答えが出る?

実際の対局というのは、かなり長時間にわたって行われています。例えば、朝の10時に始まり、昼の休憩を挟んで、終局するのが夜0時~1時ということも少なくはないです。

ときにはひとつの局面で1時間くらい長考するときもあります。ただ、勝負の世界には昔から「長考に好手なし」という言葉があります。なぜなら、「直感」と「読み」と「大局観」の3つを使えば、30分位でAかBという選択肢までたどり着き、それぞれの10手先まで予測できるからです。

最終的に、AかBかの二者択一の場面で刻々と時間が経つというのが長考には多いです。つまり、最初の30分間は集中して考えていますが、そこからあとは迷いやためらいや不安、心配が非常に大きな要素である訳です。

数多く対局をしてきて、自分自身が最も長く考えたのは4時間。でも、4時間考えて最終的に選んだ一手は、5秒で選択しても同じ手だったと今は考えられます。

一番いいパフォーマンスを発揮できるタイミングとは

2020年にオリンピックが開催されますが、最近のアスリートたちは、「楽しんで競技に打ち込みたい」とコメントする傾向がありますね。私も本当にその通りだと思います。どういうときに一番いいパフォーマンスが発揮できるのかといったら、楽しんで、リラックスして落ち着いているとき。無駄な力は入らないし、自分が持っている力を十二分に発揮できますから。

ただ、現実的な話として、緊張したり、プレッシャーを感じてしまうときもあります。

最初に言えるのは、緊張しているときは決して最悪な状況ではないということ。最悪の状態というのはヤル気がないことです。プレッシャーを感じているというのは、少なくともヤル気があるということですから。またプレッシャーを感じているときは、結構いい状態まで来ているというケースも非常に多いです。

例えば男子走り高跳びの選手は、1mのバーを目前にしても、楽に飛べるのでプレッシャーは感じません。また3mのバーを目前にしても、飛ぶのは絶対に不可能であるためプレッシャーはかかりません。ただ、2m30~40cmのバーを目前にしたら、跳べるかもしれないし、跳べないかもしれないため、プレッシャーがかかります。このように、あと少しで目標が達成できる状況の時にプレッシャーがかかりやすいんです。

また、知り合いの編集者さんから聞いたのですが、締め切りの直前にならないと書けないという作家さんがいるそうです。すごく暇なのにも関わらず、締め切りの3日前だと書けない……。

そのため編集者さんは締め切り1日前になると、「今日までに原稿をいただかないと、連載に穴を開けてしまいます」と伝えるそうです。すると作家さんは逃れられない状況に身を置かれたと思い、プレッシャーを感じて良い作品を書くことができるのだとか。

つまり、プレッシャーをかけられることが、その人が持っている才能やセンスを開花させるきっかけにもなるんですね。

自分自身も、もちろん日頃から一生懸命やっていますが、一番深く考えているのは公式戦で、しかも「待った」ができない状況で、そして「時間」といわれているとき。そういう厳しい状況のときのほうが、深くたくさんのことが考えられるのかなと思っています。

将棋の世界もデータの時代

私がプロ棋士になったのは30年以上前。昭和の時代です。ですからデータといっても、将棋の棋譜という紙をコピーして、書いて分類して、分析していたわけですが。その時代は、将棋というのは未知の場面でのねじりあいであり、力と力がぶつかってこそ、真価、実力が問われる。自信がないから、データを集めて分析なんてしているのか?などといわれる風潮がありました。

ただ、5年くらい前に、データベースができまして。そのあたりからデータに対する考え方が変わってきました。

一回の試合だけならデータによる影響はそれほどないのですが。それが50局、100局になり、2年経ち、3年経ち、ある程度の数をこなしていくようになってくると、データの分析やセオリーといったものがボディブローのようにきいてくるのです。そのため、将棋の世界においても、データを使って解析する流れができました。

第三部で講演される桐谷先生は将棋の世界の大先輩ですが、桐谷先生の現役時代の異名はコンピュータ桐谷。昭和の時代に、データ、過去の実践例を片っ端から覚えて、それに基づいた分析をされていました。今日は将棋の話とともに、膨大なデータに基づく株のお話もしてくれるのではないかと期待しています。

 

第二部は、羽生善治氏とマネックス証券 代表取締役会長 松本大とのスペシャル対談(進行:マネックス証券マネックス・ユニバーシティ長 大槻奈那)をお届けします。

 

ライター 阿部桃子
出版社、テレビ局勤務等を経て、フリーランスの編集・ライターに。主なジャンルはビジネス・教育・子育て。AERAwithKids「子どものお金教育」「子育て世代の初めての投資」特集ほか、起業とお金をテーマに執筆することが多い。株主優待券好きの家庭で育ち、子どもの頃から映画鑑賞にお金を払ったことがない。