労働者支持のタクシン派VS富裕層・中間層支持の反タクシン派

3月24日、タイで下院選挙が実施されます。バンコク市内を歩くと、道路に沿って同じ大きさの候補者の立て看板が所狭しと並んでいるのを目にします。ただでさえ歩きにくいバンコクの街中の歩道ですが、選挙期間中は、看板のおかげでまた一段と歩くのも大変になるほどです。

選挙では、定数500議席(小選挙区350・比例代表150)をめぐり、過去最多の81党・立候補者13,921人が争います。タイでは、2014年2月にも総選挙が実施されましたが、タイ憲法裁判所が、この選挙を無効とする判決を出したため、今回の選挙は、約8年ぶりの総選挙となります。

東北部や北部の住民、バンコクの労働者などの支持を集めるタクシン派と、富裕層や南部の住民、バンコクの中間層住民を中心に支持を集める反タクシン派が、長年対立してきました。

タクシン派は、既得権益や階級・民族秩序を批判する形で成長してきました。人口が多い農村部や都市近郊を基盤としてきたため、支持する有権者数でも優位を保ち、2001年・2005年・2007年・2011年といずれも総選挙で勝って政権を奪取してきました。

一方、反タクシン派は、2006年の軍事クーデター、2007年の司法判断によるタクシン派政党の解党、2014年には2度目の軍事クーデターによる軍政発足と、軍や司法の力を借りながらタクシン派政権を倒し、政権を手に入れています。両派は、支持基盤の違いから、政治的に異なる主張を掲げ、激しく対立を続けてきたのです。

軍政を継続するのか、民政移管するのか

現在は、2014年の民主党支持者による大規模反政府デモを契機として、軍部がクーデターを起こし当時のインラック政権(タクシン派)を崩壊させた後に成立した親軍政権です。軍政を敷き、前国王の崩御にも国を混乱させることなく、政権を担ってきました。

それまでの激しい対立を目の当たりにしてきた国民からは、軍政の方が治安が良く経済も安定しているとの評価もあるほどです。民政移管を謳った今回の総選挙でも、軍政派のパランプラチャーラット党を創設して引き続き政権を担おうとしています。

支持基盤とする有権者の数では有利と言われるタクシン派対策として、軍政である現政権は2017年に新憲法を施行し、首相指名選挙の投票権を下院議員だけではなく、上院議員にも認めるように改訂しました。上院議員の選任権は事実上、軍政府が持って(定数250)いるため、軍政側は下院で130~140議席を確保すれば首相を指名でき、政権を維持することができる仕組みに変えて対策を施しました。

また、比例代表制度を導入し、小規模政党に有利になるようにもしました。そのため、もともとは同じ根を持つ勢力が小党に分裂して選挙を戦うという、大変わかりにくい選挙となっています。

選挙制度がわかりにくいうえに、今回の選挙の争点は、タクシン派と反タクシン派の対立に加えて、事実上の軍政を継続するのか、民政移管するのかという点も加わって、複雑になっています。

軍政による統治は、故プミポン前国王の崩御後に服喪期間があったことや、ワチラロンコン現国王の戴冠式が遅れたこともあって長期化してしまいました。そのため、軍政に対する批判も少なからずあります。

軍政を批判する政党勢力としては、今回の選挙で下院での過半数を上回って議席を獲得し、民意を反映した政権樹立を世論に訴えて、首相指名選挙で軍側に圧力を掛けていくことを狙っています。

民意はタイ政治・社会の混乱が収集に向かうこと

タイでは、選挙に参加する政党は首相候補を届け出る必要があります。タクシン元首相派政党の1つ「タイ国家維持党」(タイラクサーチャート党)は、故プミポン前国王の長女でワチラロンコン国王(66)の姉のウボンラット王女(67)を党の首相候補として届け出ました。

このニュースは、タクシン派の奇手として受け止められ、タイの国民や政界に驚きを与えました。タクシン派には、現国王の姉である王女を擁立すれば、王室を敬う国民性を考えるとタクシン派に有利に働くとの読みがあったのかもしれません。一方で、王室が政治に関与することを懸念する声も出ました。

これを受けて現国王は、王室は政治的な存在であってはならず、王室の1人である王女の政治関与を認めないとして、同王女の政治関与に反対する声明を発表し、いち早く事態の収拾に動きました。

選挙委員会も国王の命に従い、この届出を認めない決定を下し、その上で、立憲君主制に敵対的な行為をしたことを理由として、タイ国家維持党の解党を憲法裁判所に申し立てました。タイ国家維持党は首相候補名簿を取り下げるなど、火消しに躍起になりましたが、憲法裁判所は、国家維持党の解党の判断を下したのです。

タクシン派は2007年にタイ愛国党、2008年に国民の力党がそれぞれ選挙違反を理由に解党処分を受けて政権を失う流れにつながりました。今回の総選挙前に解党命令を受けたことで、タクシン派は、選挙対策のために立ち上げた国家維持党を失うという痛手を被りました。政治は一寸先は闇と言いますが、タイの選挙を見ると、権謀術数の限りを尽くす熾烈な争いが、選挙前に既に展開されていることがわかります。

タクシン派対反タクシン派という構図は今回も変わっていませんが、政党支持率から見ると、どちらの勢力も選挙で多数を握ることは微妙な情勢です。そうなると、軍政に賛成か反対か、タクシン派と反タクシン派のどちらにつくか、といった単純な対立軸になりません。各政党は長年しのぎを削って対立してきた経緯もあり、政党同士が手を組むことも難しさが残ります。

選挙後もタイの政情は不安定な状況が続くことが危惧されます。民意は、タイ経済の発展のために政治・社会の混乱が収集に向かうことです。総選挙でどのような結果が出るかが、注目されます。