昨日(8日)、米労働省が発表する『米求人・労働異動調査(JOLTS)』の結果が久方ぶりに日の目を見ることとなりました。最新の6月分において、米企業の「求人」件数が統計開始以降最高(過去最高)の616万件超に上ったからです(下図参照)。
実のところ、今年の4月分も速報値では604万件と過去最高を記録した(後にやや下方修正)のですが、そのときは市場であまり話題にもされませんでした。もちろん、本欄では過去に幾度もJOLTSの話題を取り上げており、6月14日更新分においても求人件数の増加は将来的に賃上げの動きにつながることが期待できると述べています。
今回、珍しくJOLTSの結果が市場で注目を浴びたのは、その結果が過去最高であったことはもとより、他に取り立てて注目される指標やデータの発表がなかったということもあるとは思います。しかし、やはり要因として最も大きいのは「もはや米雇用統計における非農業部門雇用者数(NFP)の伸びや失業率などといったデータへの関心は低下し、今はむしろ消費やインフレの行方がどうなるか、その動向を司る賃上げの兆候は見られるのか、などといったことに人々の関心が向かっている」ということにあると思われます。
その意味で、米雇用統計の一項目である「平均時給」に市場の関心が以前よりも強く向かっていることは事実です。7月分は前年同月比+2.5%の伸びとなりましたが、市場の大方の評は「その程度の水準では不十分」というものでした。つまり、平均で年+2.5%程度の賃上げでは消費の活性化、物価・インフレ率の上昇には結びつきにくく、年内もう1回の米利上げを促す材料とは見做しにくいということなのでしょう。
しかし、よく考えてみると7月はNFPが+20万人超となっており、それだけ"最初は安い賃金で雇われる人"の数が大幅に増加しているということも忘れてはなりません。そのぶんだけ全体の「平均」は上昇しにくくなると考えることもできるでしょう。
その意味では、やはりアトランタ連銀が独自に集計・発表している『賃金上昇トラッカー(Wage Growth Tracker)』のデータの方がむしろ重視されるべきであると思われます。なぜなら、このデータは「就職して1年以上の人」を対象としており、シニア層の引退など年代構成の変化を細かく補正した実態により近いものとなっているからです。「米雇用統計の『平均時給』を先取りする先行指標」などとも言われ、6月時点では+3.2%(3カ月移動平均)という水準にあります。ただ、この+3%超という水準をもってしても、まだリーマン・ショック前の水準には僅かに届かないことは事実です。
話を少し戻しますと、いま足下では米企業の「求人」が記録的な高水準に達してきているわけです。その一方で実際の「採用」件数は「求人」件数に追いついておらず、そこにはミスマッチが生じています。それを埋めるのが賃上げ、あるいは正規雇用比率のアップであり、今まさに米企業は求職側の要求を受け入れざるを得なくなるギリギリのところにいます。
さらに、自発的な「離職」の件数が高止まりしており、そんな離職者が次の職に就く際には多くの場合、以前よりも高い賃金が受け取れるようになります。総じて考えれば、随分と時間はかかりましたが、ここにきてようやく米賃上げの機は熟し始めたと考えていいものと思われます。もっとも、その結果や影響が実際のデータとなって明らかにされるまでには、まだ時間がかかるということも心得ておきたいものです。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役