地球の人口は、2011年に70億人を超えたと見られています。国連の推計によると、50年後の世界人口は100億人に達する見通しです。ここでは、この人口を賄うための食料供給について考えてみます。
まず、食料の生産について見てみます。農産物の生産量は、①収穫面積と、②単位面積あたりの収穫量(単収)で決まります。生産量を増加させるには、どちらかもしくは両方を増やすことが必要です。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、地球の陸地利用の内訳は、農地が4割、森林3割、その他が3割となっています。農地が多い気がしますが、そのうち耕作地は3割で残りは草地(牧草地)です。つまり、牧草地を除くと、我々は陸地の約1割を使って70億人分の食料を生産していることになります。
陸地の1割しか使っていないことを考えると、収穫面積を大幅に増やせそうな気がします。しかし、過去50年間の耕地面積の伸びは平均で年率0.2%とあまり増えていません。そして今後も、収穫面積の大幅な増加を期待するのは難しそうです。理由は、農地に適した便利な土地の多くは、既にさまざまな用途に利用されているためです。また、耕作に適した土地でも、消費地から遠くインフラが整備されていない場合は、出荷・流通にかかるコストや時間といった制約から、農地としての利用は限定されます。
一方、単収は増加を続けています。その結果、世界の穀物生産量は1950年からの50年間で約3倍に拡大しました。この増産の背景には、品種改良による高収量品種の誕生、合成窒素肥料および農薬の投入、灌漑設備の整備などがあります。いわゆる「緑の革命」です。1900年代半ばに始まった急激な人口増加は、この単収増加に伴う食料増産によって支えられ、現在に至っています。そして、今後の人口増加を支える食料生産の増加に対しても、単収増加への期待が高くなっています。
穀物についてみると、主要な高単収国では単収の伸びは頭うち傾向にあるものの、世界的にみると単収は増加を続けています。単収は世界平均と高単収国とでは概ね2倍程度の開きがあり、今後の上昇余地は小さくなさそうです。
尚、食料の増産に寄与する新たなイノベーションの可能性として、遺伝子組み換え技術が挙げられます。遺伝子組み換え作物(GMO)の是非についてはここでは議論を避けますが、病害虫の発生や旱ばつによる収量減少の抑制は、結果的に収穫量の増加につながっています。将来的には、過酷な環境に耐える多収量品種の誕生などが、もう一段の単収増加を可能にするかもしれません。
また、野菜については、工場生産による大幅な収量拡大が期待できます。メキシコに次ぐ世界第二位のトマト輸出国であるオランダでは、トマトの単収は日本の8倍です。そのオランダでは、品種改良に加え、肥料や温度など工場内の徹底したIT管理によって、収量拡大を実現しています。この仕組みはどこでも簡単に導入できるというものではありませんが、単収増加という意味において、野菜工場の潜在力は大きそうです。
次に、食料の消費面について見てみます。食料の消費量は、何を食べるか、どのような生活をするかによって、全く違った結果になります。例えば、肉1kgを生産するためには、牛肉で11kg、豚肉は7kg、鶏肉で4kgの穀物が必要といわれます。主に新興国における生活レベルの向上に伴い、世界的な一人当たりの食肉消費量は年々増加しています。今後、飼料を含めた食料の必要量が、人口以上に拡大することは避けられそうにありません。
一方、先進国では新興国に比べて消費段階の食品ロスが多いという報告があります。また、新興国では物流の未整備などから川上段階のロスが多いようです。消費の増加による需給の逼迫は、食料のロスをなくすという効率化を加速させるドライバーとなります。
結論を言えば、人口100億人時代を賄う食料の供給は、単収増加という食料生産の効率化と、物流段階のロスの削減によって達成されるでしょう。ただし、十分な経済成長を伴う人口増加が前提となります。単収を増やすためには、品種改良した種、肥料、農薬、エネルギーなどを投入し、灌漑や植物工場などのインフラを整えることが必要です。また、物流段階のロスの削減には、物流網やコールドチェーンの構築、その管理が不可欠です。これらはすべて追加コストが必要であり、それが許容される経済力を伴った市場があってこそ可能となります。
既に我々の食物は、バイオ技術を用い、大量の物資やエネルギーの投入によって供給されています。そして、今の技術の延長線上で、将来的に100億人の食料を賄うことは可能のように思われます。しかし、供給側の技術が複雑化する中、さらなる供給拡大局面において、過去の「緑の革命」以上に在来品種の駆逐、土壌汚染、生産コストの増加に伴う農民の貧富の格差の拡大などのマイナス面が広がる可能性も否定できません。十分な経済成長を確保しつつ食料供給を増加させるためのハードルは、意外に高いのかもしれません。
コラム執筆:村井 美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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